魔術師「探偵業はじめました」剣士「消えた恋人を探せ!の巻」
魔術師「探偵業はじめました」
剣士「それって今日の新聞?」
魔術師「ああ。最近はこういった話題が多いよなぁ。物騒な世の中になったもんだ」
剣士「なんでも、『魔王軍』って自称する魔物達がのさばってきてるらしいね」
剣士「魔王様の名の元に世界征服をしようとしてるってもっぱらの噂だよ」
魔術師「世界征服って...お伽噺じゃねーんだから」
剣士「ま、普通はそう思うよね。でも王子によると、結構おおごとになってきてるんだってさ」
魔術師「ふーん。あんまり実感湧かねぇなあ」ペラリ
記事を読むのもそこそこに紙面をめくる魔術師の耳へドアベルの音が届く。
魔術師「お、依頼人かな。僕は先にこの新聞を片付けるから、剣士は応対よろしく」
剣士「りょーかい!」ドタドタ
【玄関】
剣士「こんにちは!ご依頼ですか?」
青年「はい。魔術師さんはご在宅ですか?」
魔術師「僕がここの探偵です」ヒョコッ
青年「ああ、よかった!もう頼れるのは貴方しかいないんです!」
剣士「まずはお話を聞こうか。応接間へどうぞ!」
魔術師「さて。コーヒーを飲んで一息ついたところで、早速本題に入ろうか」
青年「実は僕、一昨日に彼女へプロポーズしたばかりなんです」
剣士「おお!返事は?」
青年「イエスでした!彼女の好きな宝石をあしらったデザインの指輪をプレゼントして...あの時の嬉しそうな顔は一生忘れません」
青年「ですが昨日の朝、僕達を悲劇が襲いました」
魔術師「悲劇?」
青年「僕の彼女が、忽然といなくなってしまったんです」
青年「憲兵に言っても相手にしてくれる訳もなく、途方に暮れていたときにこの探偵所を見つけてお訪ねした次第です」
魔術師「ふむ...それは不可思議だな。ところで、お前って魔法は使えるのか?」
青年「いえ。剣術はまだしも、魔法の方はさっぱりです」
剣士「魔術師さん、何か気になることでもあったの?」
魔術師「ちょっとな。青年くんの周りから微かに魔力が感じられる」
魔術師「魔法使いならそれぐらい当たり前なんだが、魔法の心得がない人間が魔力を纏うのはおかしい」
青年「うーん...彼女はちょっとした魔法なら使えると言っていましたが」
魔術師「ちょっと魔法が使える奴と一緒にいるだけなら、ここまで長く魔力がこびりつくことはないんだ」
魔術師「最も、近くで大規模な魔法を使われ続けたら話は別だけどな」
青年「はい!ええと、彼女と僕は海の見えるロマンチックな公園で出会ってどちらからともなく話しかけて仲良くなってそれからそれから」ペラペラ
魔術師「別に馴れ初めは聞いてねえ」ビシッ
青年「うっ、意外と辛辣にツッコまれた」
魔術師「すまんな。彼女にプロポーズしてから失踪するまでの様子を教えて欲しいんだ」
青年「うーん…。といっても、どうでもよさそうなことしか思いつきませんよ」
魔術師「一見どうでもよさそうなことが真相に繋がることもあるんだぜ。なんでも話すといい」
剣士「それは妙だね。たぶん俺だったら幸せな恋の歌ばっかり歌うのに」
魔術師「ふむ。他には?」
青年「あとは、その日にご馳走された夕ご飯がカレーだったとか、彼女にしては珍しく真剣に新聞とにらめっこしていた、とかですね」
剣士「いいねぇカレー!今日の夕飯はカレーにしよっかな」
剣士「はーい…って流されないからね!?自分の夕食は自分で作ってよ?」
魔術師「ちえっバレたか。そういやお前ってまだ士官学校の学生寮に住んでるんだったっけ?」
剣士「うん。寮の共同スペースに置いてある新聞は争奪戦が激しいから、毎日魔術師さんの探偵所でのんびり読んでるんだ」
魔術師「毎日欠かさず手伝いに来てくれると思ったら、新聞目当てだったのかよ!」
剣士「純粋に手伝いたい気持ちもちょっとはあるから安心してね」クスッ
魔術師「ちょっとって…」ションボリ
剣士「今朝は魔術師さんもご存知の通り、魔物が貨物船を襲撃したニュース」
剣士「昨日は山道で怪我をして動けなくなった人をとあるハーピーが助けたニュース」
剣士「一昨日は...ごめん。忘れちゃった」
魔術師「人間とは違って翼を持ってるから、こういう救助活動は得意なんだろ」
青年「翼のあるなしなんて関係ないですよ。人間だろうがハーピーだろうが吸血鬼だろうが、困っている人を見逃さずに手を差し伸べるのって素敵じゃないですか!」キラキラ
青年は身を乗り出し、熱く語り出す。
魔術師「お、おう...。お前、魔族に対しての差別とか偏見とかは全然ないんだな」
青年「はい!友人にもよく言われます、純粋で情熱的なのが僕の取り柄だって」
剣士「うんうん、素敵なことだと思うよ」
青年「わかりました!まず僕の住所は...」
剣士「恋人の失踪かぁ。いなくなってからまる一日経ってるとすると、最悪の事態も考慮しなくちゃね」
魔術師「だな。新聞で見た通りの物騒な世の中だし、誘拐ってセンも捨てきれねぇ」
魔術師「何はともあれ、まずは彼女さんの家へ行ってみよう」
剣士「はぁ...疲れた...」
魔術師「まさか馬車から降りて一時間も歩く羽目になるとはな...」ゼエゼエ
彼らの背後には、長く峻険な道のりが広がっていた。
剣士「魔術師さんって転移魔法とか使えないの?」
魔術師「無理だ。転移魔法を使うには特殊な魔力が必要でな」
魔術師「魔法に長けた魔族じゃねーと使えないんだよ」
魔術師「お前、帰り道は送ってもらう気満々だな?」
剣士「だってこんな獣道、もう歩きたくないよ」ハア…
魔術師「まぁな…。そこらへんはおいおいどうにかするとして、早速家に入るぞ」
剣士「入って大丈夫なの?」
魔術師「青年から許可と合鍵は貰ってる。彼女を探し出す助けになるなら、とあっさり快諾してくれたぞ」
剣士「えぇ…。なんか俺らの方が犯罪者みたいだね」
魔術師「こういう時は女性の助手でもいればよかったんだがなぁ。人手不足の僕達には文字通り縁のない話だ」
剣士「彼女さんごめんなさーい...」ガチャッ
魔術師「一見普通の部屋だが...」
剣士「なになに?もう何か見つけちゃった?」
魔術師「見つけるというか感じるというか...」
魔術師「この家の中全体に、物凄い魔力が溢れてるな」
剣士「家の中に魔力?」
魔術師「普通の人間にはとても出せないような魔力の量だ。しかもさっき話題に出した特殊な魔力も混じってやがる」
剣士「というと、この家に魔族が来た痕跡があるってこと?」
魔術師「そうだ。それもこの濃さは一日二日じゃない、ほぼ毎日のように入り浸ってるな」
剣士「その魔族が彼女さんを誘拐したのかもしれないね」
魔術師「まだ断言はできねぇ。他に手がかりになりそうな物も探すぞ」
剣士「イエッサー!」
魔術師「なに?...ふむ、どうやら魔法で施錠されてるみたいだ」
魔術師「ちょっとややこしいが、これぐらいなら無詠唱でぱぱっと開けられるぞ」スッ
ガチャ…
剣士「こ、これは...」
まるで水族館のように、大小様々な種類の魚が海藻と共に悠々と泳いでいる。
魔術師「アクアリウムか?やけにでかいな」トンッ…
剣士「凄いよ魔術師さん!この水槽、海の生態系がバッチリ再現されてる!」トントン
魔術師「おい、あんまり叩くなよ?中の生き物がビックリするだろ」
剣士「梯子も立て掛けてある!入ろうと思えば俺も水槽に入れちゃうね」ガタガタ
魔術師「入るな入るな。ったく、まだまだ学生気分が抜けてねーな」
剣士「まだまだ学生剣士ですから!」ドヤッ
魔術師「ドヤるとこかそこ?」
魔術師「さっきの剣士じゃないが、僕一人入っても十二分に余裕のある大きさだな」
魔術師「まるで海そのものを飼ってるみたいだ」
剣士「こんなオシャレな趣味、青年さんは一言も言ってなかったよね」
魔術師「だな。だがそもそも魔力で塞がれた部屋に置いてあるんだ、魔法の使えないやつにはどうしようもないだろうさ」
剣士「そうだね。彼女さんは恥ずかしくて青年さんには隠してたとか?」
剣士「乙女心が分かってないなあ。もしも魔術師さんに恋人が出来たとして、
『私、アクアリウムが趣味なの♥』
っていきなりどでかい水槽を見せられたらどうする?」
魔術師「うーん…確かにちょっと引く…かもな…」
剣士「でしょ?勇気をだして打ち明けたとしても、相手が魔術師さんみたいにドン引きしてきたらショックだもの」
魔術師「おい、ナチュラルに僕をディスるなよ」ムッ
剣士「あはは、ごめんごめん」
魔術師「こういう時に一番怪しいのはタンスやクローゼットの中とかなんだが」スタスタ
魔術師「失敗したな…引っ張ってでも青年くんを連れて来れば良かったぜ」
魔術師「恋人なら百万歩譲って許されるかもしれねーが、流石に妙齢の女性のクローゼットを赤の他人の僕らが開けるのはちょっとな…」
剣士「駄目だよ魔術師さん!俺たちは信用商売だから!そんなことしたら二度と依頼人が来なくなっちゃうから!」
剣士「いくらモテないからって最後の一線は越えちゃ駄目だ!」グギャッ
言うが早いか、がっしりと握られた拳が魔術師の下顎を襲う。
魔術師「ぐおっ痛ってえ!そこまでやらなくてもいいだろぉ…?」フラッ
剣士「あっ、ごめん!つい全力でぶん殴っちゃった」
魔術師「ちょっとした…冗談のつもり…だったのに…」バタン
剣士「わー!魔術師さーーん!!」アセアセ
魔術師「うぅ~ん…ここは何処だ…?」
剣士「やっと目が覚めたね。彼女さん家のリビングだよ」
魔術師「そうだった。確かお前の毒牙にかかって倒れたんだった」
剣士「そうそう、だからとりあえず近くにあったソファに横たえて…って、人聞きの悪い言い方はやめてよ!」
魔術師「もう剣士は辞めて武闘家にでも転職したらどうだ?」
剣士「いやです~!俺のアイデンティティが崩壊しちゃう」
剣士「まったく!起きて早々そんな憎まれ口を叩けるならもう大丈夫だね」
剣士「魔術師さんが変な気を起こさないうちにとっとと帰るよ!」
魔術師「冗談だって言ってんだけどなぁ…」
剣士「うんうん。お邪魔しましたー」ガチャリ
剣士「魔族の人はいないかな~っと」キョロキョロ
魔術師「まだ転移魔法諦めてないのか...」
剣士「おっ、あそこにハーピーの人を発見!ちょっと声をかけてくるよ」タッタッタッ
魔術師「そう上手くいくもんなのか?」
剣士「やったね!このハーピーさんが転移魔法で探偵所まで送ってくれるって!」
魔術師「マジかよ」
ハーピー「お安い御用ですよ~」フワフワ
ハーピー「えへへ~。この前魔王軍っていう魔物達が貨物船を襲ったのはご存知です?」
魔術師「もちろんだ。今朝も新聞で読んだぞ」
ハーピー「これらの件で魔物への警戒心を強めた一部の過激な人間さん達が、魔族に対しても不信感を募らせていってるらしいんですよ」
ハーピー「だから、せめてこちらから平和に歩み寄っていこうと思って積極的に人助けをしてるんです」
魔術師「『魔族』は君みたいなハーピーや、ラミア、人狼などの亜人を指す言葉」
魔術師「両者に特筆するような関連性はない」
魔術師「でも、魔族は昔からただ姿が違うってだけで差別されてきたんだ」
魔術師「今でこそ薄れてきたが、まだ魔族たちに対して良い感情を持たない奴らもいるもんな」
剣士「なんだかやるせないね...」
ハーピー「昔は昔!今を生きるのは私たちです」
ハーピー「最近では異種婚が認められるようになったりして、着実に変わっていってますよ」
魔術師「そうだな。これからの時代を担うのは僕達だ」
剣士「あれ?探偵所に帰らないの?」
魔術師「帰るさ。だがその前にやりたいことができた」
ハーピー「了解です。ではれっつごー!」ヒュン
ハーピー「着きました!こちら、海辺の景色が素晴らしい海浜公園で~す」
魔術師「よし、サンキュ」
魔術師「僕はちょっとデカめの魔法を使うから、お前らは先に海辺へ行っててくれ」
ハーピー「わかりました!さ、行きましょ剣士くん」
剣士「あ、ハイ!(なんでハーピーさんに先導されてるんだろう...)」
ハーピー「魔術師さんたら遅いですね~」
剣士「そうだね」ヒュン...ヒュン...
剣士「748、749、750!」ヒュン!
ハーピー「さっきからやってるのって、もしかして素振りですか?精が出ますね!」
剣士「ふふん、俺だって一介の剣士ですから!暇潰しには素振りが一番馴染むんだ」
剣士「間違っても武闘家に転職なんてしないからな!!」クワッ
ハーピー「な、なんの話でしょう…?」キョトン
青年(?)「気にすんな。こっちの話さ」スタスタ
剣士「あれ、青年さん!?なんでここに?」
青年(?)「よし、出来は上々っと」
ハーピー「この方、一体どなたです?」
青年(?)「僕らの依頼人さ。どうだ?中々上手く変身できてるだろ?」
剣士「なんだ、魔術師さんか。その格好は魔法でやったの?」
魔術師(青年ルック)「ああ。でも変身魔法は魔力の消費が激しいし、時間もかかるんだ。だから二人には先に行っててもらった」
剣士「でも青年さんに変身してどうするのさ」
魔術師(青年ルック)「百聞は一見にしかず。まあ見てろって」コホン
魔術師(青年ルック)「ねえ、いるんだろ?出てきてくれよ」
魔術師(青年ルック)「僕は君に会いたいんだ。たとえどんな姿であっても」
魔術師(青年ルック)「ひと目見るだけでもいい、君の声を聞かせてくれ」
ハーピー「あっ!海の中から誰かが出てきます!」
魔術師(青年ルック)「よしきた!」
??「青年くん...?どうしてここがわかったの?」ピチャ...
魔術師「あー...僕は青年くんじゃねぇんだ、ごめんな」スッ
魔術師が手を振りかざすと彼の身体は光に包まれ、次の瞬間には元の姿へと戻っていく。
魔術師「だが、青年くんもさっきの僕と同じようなことを言ってたぜ。いい彼氏を持ったな、セイレーンさん」
剣士「魔術師さん?まさか彼女さんってこの魔族さんなの?」
魔術師「ああ。あの子の左手薬指にはめられている、宝石のついた指輪が何よりの証拠さ」
セイレーン「な...だ、誰?青年くんの知り合い?」
魔術師「僕らは青年くんに頼まれて君を探しに来た。まあ知り合いみたいなもんだ」
セイレーン「...。そうよね、あの人も心配してるわよね...」
剣士「ううむ...誘拐犯どころか、まさか彼女さん自身が魔族だったとはなぁ」
セイレーン「恐くなったの...」
剣士「というと?」
セイレーン「私はね、変身魔法で人間に変身して、海辺を歩くことが大好きなの」
セイレーン「セイレーンの身体じゃ辿り着けないような、陸地の色んな景色を見るのが好きだったわ」
セイレーン「でもある日、いつものようにここを散歩していたらあの人と出会ってしまったのよ」
剣士「青年さんだね!」ワクワク
セイレーン「青年くんと知り合ってからは毎日が楽しかったわ」
魔術師「青年くんと会うために、毎日変身魔法を使って人間に変身してたんだな」
セイレーン「その通りよ。けれど、正体を隠して交際し続けるのにも限界があるわ」
セイレーン「会う度に複雑な感情で胸が締め付けられる...。そんな時だったの、青年くんからプロポーズを受けたのは」
セイレーン「結婚を申し込まれた時はもちろん嬉しかったわ。けれど、時間が経つにつれてどんどん現実に引き戻されていくの」
セイレーン「このまま、自分の本当の姿を見せないまま結婚なんて出来るのかって」
セイレーン「そうして夕食の後に何気なく新聞を読んでいたら、今までのぐちゃぐちゃした感情が込み上げてきて...」
セイレーン「何も言わずにいなくなってしまって、本当にごめんなさい」
魔術師「それは僕達じゃなくて、青年くんに直接言うんだな」
剣士「だね。青年さんたらすっっっごく心配してたよ。覚悟を決めて、全て打ち明けてみたら?」
セイレーン「でも、今更もう遅いわよ...」
剣士「は、ハーピーさん?」
ハーピー「何かを変えるのに遅すぎるなんてことはありません」
ハーピー「ちょっとの勇気で、人生は180度変わるんですよ!」
ハーピー「正直、私はただ成り行きで着いてきただけなのであんまり話の概要を掴めてませんが」
ハーピー「でも、でも!おんなじ魔族の方が、自分の種族のことで苦しんでいるのを見るのは辛いんです」
セイレーン「...あなた、見ず知らずの私にどうしてそこまで?」
ハーピー「なんだか親近感が湧いてしまって」
ハーピー「悪い人間もいればいい人間もいるように、悪いセイレーンもいればいいセイレーンもいるんです」
ハーピー「人間だって、魔族だって、それだけのことです」
ハーピー「人間でも魔族でも、貴方が恋人さんをただ一心に愛する気持ちは変わらない」
ハーピー「私、貴方の恋路を応援しますよ!」グッ
セイレーン「あなたの言葉で、ちょっと勇気が出てきたみたい」
セイレーン「ちょっと恐いけど、足踏みしてても何も変わらないわよね」
セイレーン「お願い、青年くんの所まで連れていって」
魔術師「うぅむ...。なんだかオイシイ所を取られたようで釈然としねぇが、承知した」
魔術師「じゃあ悪いがハーピーさん、とりあえず一旦探偵所まで転移魔法を...」
ハーピー「はーい!」
剣士「待って。その必要はないみたい」
魔術師「え?あっ、向こうにいるのってまさか!」
セイレーン「!?」ザパッ
セイレーンは反射的に身を隠してしまうが、青年はそれに気付かず会話を続ける。
魔術師「それはこっちの台詞だ。お前の住所はこっち側じゃなかったよな?」
青年「そうなんですが、ここは僕と彼女が初めて出会った思い出の海浜公園でして」
青年「魔術師さんにご依頼したはいいものの、じっとしていられなかったんです」
魔術師「そういえば彼女さんもそんなことを言ってたな」チラッ
セイレーン「…!」ビクッ
青年「ん?その口ぶり!もしかして彼女と会えたんですか!?」
魔術師「ああ。あとはお前達ふたりの問題だ。僕達は一足先に失礼するぜ」ヒラヒラ
魔術師「ハーピーさん、転移魔法を頼む」
ハーピー「がってん承知です!」ヒュン
青年「え?ちょ、ちょっと!!」
セイレーン「いいえ、ここにいるわ」
セイレーンは意を決した様子で、ゆっくりと青年の前に姿を現した。
セイレーン「今まで隠していてごめんなさい。これが本当の私よ」
青年「彼女ちゃん…なのか?」
セイレーン「ごめんなさい…軽蔑するわよね、こんな魔族の姿…」
青年「………」
セイレーンは俯きがちに呟いた。もちろん、青年の表情は窺えない。
セイレーン「ね、ねえちょっと!いきなり水の中に入ってきたら危ないわよ!」アセアセ
青年「どんな姿だって関係ないよ!またこうして君と会えたんだ、まずはめいっぱい抱き締めなくちゃ!」ギュゥゥゥ
セイレーン「もう…伝えたいことはいっぱいあるのに、いまのでぜんぶ吹き飛んじゃったわ」
セイレーン「私、私…!」
青年「いいんだよ、今までずっと辛い思いをさせてきてごめんね」
青年「これからは一生そばで支えるから」
青年「改めて、僕と結婚してください」
セイレーン「…はいっ」ギュッ
魔術師「なあ」
剣士「なにさ魔術師さん!今猛烈にいい所なんだから大人しくしてて!」コソコソ
ハーピー「キャーッ!もうすぐキスしそうですよあの二人!キャーッ!」コソコソ
魔術師「なんでまだ僕らはここに居るんだよ…」
ハーピー「だって気になるじゃないですかー!」バサバサ
魔術師「やっと家に帰れると思ったら覗きに付き合わされる僕の気持ちも考えてくれ」
魔術師たちはハーピーの転移魔法で都合の良さそうな岩陰に転送され、一部始終を覗き見ていたのだった。
ハーピー「ホラホラ剣士くん、あのお二人ったらアツアツですねぇ~」ワクワク
剣士「そこだー!男を見せろ青年さーん!」ワクワク
魔術師「なんだこの空間…帰りてぇ…」
青年「…ということで、無事に彼女と再会できたのは剣士さん達のおかげです!ありがとうございました!」
剣士「いえいえ、一番の功労者は何を隠そう青年さんだよ!」
青年「いやぁ、そんな」テレテレ
青年「そういえば魔術師さんはどこにいらっしゃるんですか?姿が見えませんが」
剣士「あの人なら、『糖分の摂りすぎで気分が優れないから不貞寝する。絶対に起こすなよ』って部屋に篭ってるよ」
剣士「ホラ、魔術師さんって恋人居ないからね!」ニッコリ
青年「笑顔でソレを告げられても反応に困るんですが」
剣士「まだ何か用事があったの?」
青年「用事というかなんというか…最近お忙しくはないのかな、なんて」
剣士「いいや全然。依頼人は一週間に2,3回ぐらいしか来ないしね」
青年「それなら良かった!…って言い方は失礼ですね」
剣士「あはは、いーのいーの。魔術師さんも趣味でやってるようなもんだしね」
剣士「あの人、一応魔法の研究が本職なんだって」
剣士「単純に魔法を使う人を『魔法使い』って括るんだけど、その中でも魔法研究に携わる人達は『魔術師』って呼ばれるんだってさ」
青年「へぇ~。そういう事情だったんですか」
剣士「…って、随分話し込んじゃったね。ごめん」
青年「いえ、いいんですよ。面白い話が聞けて楽しかったです」
青年「では、そろそろお暇しますね。本当にありがとうございました!」
剣士「こちらこそ、ご依頼ありがとうございました!またいつでも来てね!」
魔術師「ふぁ~あ。よく寝たぁ」スタスタ
剣士「おそよう魔術師さん」
魔術師「おはよう剣士。僕の中では今が朝だ」
剣士「なーに言ってんだか。…それよりさ、魔術師さんはどうして彼女さんがセイレーンだって分かったの?」
魔術師「え?わりとバレバレだったろ」
剣士「魔術師さんはそうかもしれないけど、俺みたいに剣士一筋の人間には魔力のことなんてさっぱりなんですー」
剣士「はい、眠気覚ましのコーヒー。俺も一緒に飲むからさ、事件の顛末を詳しく教えてよ」コトッ
魔術師「ん、サンキュ。じゃあさらりといくか」
魔術師「だが、もし本当にそうだとしたら、何かしらの形で『お前とはもうやってられねー!』っていう意思表示をする必要があるだろ?」
魔術師「何も言わずに出て行かれたら、残された人間は九分九厘ソイツを探しに出るだろう」
魔術師「縁を切ろうと家出したのに、肝心の相手が探しに来ちまったら本末転倒だ」
魔術師「逆に言うと、何も言わずに出ていくってことは、単なる誘拐か、家出したけどホントは探しに来て欲しいかのどちらかだと思ったんだよ」
剣士「なるほど。それじゃあ魔族だって分かったのは?」
魔術師「じゃあここで問題です。セイレーンといえば?」
剣士「うーんと…綺麗な歌声で船乗りを惑わせて船を沈ませる?」
魔術師「正解。ここで青年くんの言葉を思い出してみてくれ。彼女さんは失踪する前、何をしてた?」
剣士「新聞とカレーと…あっ、歌を歌ってた!」
魔術師「そうだ。まぁ、これだけなら偶然の一致ってことも考えられるが、決め手はやっぱあの水槽だな」
魔術師「ああ。但しアレはアクアリウムなんかじゃない。海の生態系を忠実に再現した…つまりはセイレーンの住めるような環境を作り上げた水槽だ」
魔術師「よーく思い出してみればわかると思うが、あの水槽には海藻が入ってたろ?」
剣士「はっ、確かに!」
魔術師「それにあの水槽は僕が入っても余裕がありそうなくらい大きかった」
魔術師「本来セイレーンはああいった水の中でないと満足に暮らせないんだ」
魔術師「青年くんに怪しまれないよう陸上に家を買ったはいいが、生命維持の為にも一日のうち何時間かは水の中で過ごしてたんだろうな」
魔術師「そしてこれも僕を見てたから分かるだろうが、変身魔法ってのは詠唱に結構な時間を要する」
魔術師「時間がかかるってのはそのぶん魔力がかかるってのと同義だ」
魔術師「人間の姿で外に出るために毎日変身魔法を唱えてたから、あの家や青年くんの周りにも魔力がこびりついていったんだろう」
魔術師「それも簡単だ。さっき言った通り、セイレーンは海の中でしか暮らせない。これだけでもだいぶ絞れるな」
魔術師「もしかしたら地上に居るのかもしれなかったが、まる一日ずっと水に触れないのは水棲魔族的に厳しいはずだ」
魔術師「それに加えて、あの海浜公園は青年くんと彼女さんが初めて会った場所だろ?」
剣士「あー。青年さんが熱弁してたやつ!」
魔術師「確かにどうでもいいことが解決に繋がる、とは言ったが、本当にどうでも良さそうなことがカギになるとはなぁ…」
魔術師「そこまで分かったら後は本人を説得して、依頼人と引き合わせればクエストクリア」
魔術師「まさか青年くんも海浜公園に来てたとは思わなかったが、結果オーライだったな」
剣士「だねぇ。青年くんが魔族に対して何の差別や偏見も持たない人で良かったよ」
魔術師「そういう奴だからこそ、彼女さんもあいつを好きになったんだろうなぁ」
剣士「いい話だ…」シミジミ
剣士「ホントだ、もう行かないと!」
剣士「じゃあね魔術師さん!」バタバタ
魔術師「おう、気を付けて帰れよ」
剣士「はーい!」ガチャリ
魔術師「よーし、目も覚めたことだし久々に魔法の研究でも…」ノビー
カランカラン…
??「たのもー!」
魔術師「…ここは道場じゃねーんだけどなぁ」
魔術師「はーい、今行きまーす」スタスタ
魔術師「あれっ、君は昨日の!何か依頼か?」
ハーピー「いいえ、面接に来ました」ズイッ
魔術師「え?」
ハーピー「面接に来ました」ズズイッ
魔術師「粗コーヒーですが」ゴトッ
ハーピー「あ、おかまいなく(粗茶じゃないんだ…)」
魔術師「え~っと、お名前は」
ハーピー「ハーピーです!」
魔術師「ご職業は」
ハーピー「冒険者兼レンジャーやってます!」
魔術師「自己PRをどうぞ」
ハーピー「この前の新聞見ました~?アレ私です!」
魔術師「新聞?…あっ、あの山道のハーピーか」
ハーピー「そうですー!私が山道のハーピーです!」
魔術師「お疲れ様でした」
ハーピー「えっもう終わりですか?合否は?」
魔術師「そもそも従業員の募集をかけた覚えはありません」
ハーピー「え~」
ハーピー「だってあなた達のお仕事、とっても楽しそうだったんですもん」
ハーピー「海辺で魔術師さんを待ってる間、剣士くんと世間話して時間を潰してたんですけど」
ハーピー「そこでお話を聞いてたら、是非私も仲間に入れて欲しいな~、と」
魔術師「そんな軽いノリでここまで来たのか?」
ハーピー「いえ、剣士くんからちゃんと正式にお誘いをいただきました」
ハーピー「私もやりたい!って言ったら二つ返事でOKしてくれましたよ!」
魔術師「あんのお気楽オバケめ…」ハァ
魔術師「っていうか僕、君にここの住所教えたっけ?」
ハーピー「何言ってるんです、一緒に転移魔法で此方に飛んできた仲じゃないですか」
魔術師「つまりどういう仲だよソレ」
ハーピー「むぅ…とにかく!私もここで働かせてください!」
魔術師「う~む、正直に言うと女手が欲しいところではあったんだよなあ」
ハーピー「では私を雇いましょう」ズズズイッ
魔術師「でも話が早すぎる。ちょっと保留させてくれ」
ハーピー「は~い。良いお返事を期待してますね」
ハーピー「待ってください、お渡ししたいものが…」ゴソゴソ
ハーピー「はい!青年くん達からの依頼状です。私の分と合わせて三枚」パサッ
魔術師「依頼状?一つで事足りると思うけど」ペラリ
ハーピー「まあ見てみてくださいよ」
ハーピー「丁度、ここに来る途中で青年くんに会って配達を頼まれたんです」
魔術師「どれどれ…?…ってコレ、結婚式の招待状じゃねーか!」
ハーピー「うふふ。魔術師さんのには手紙も付いてますよ」
魔術師「なになに…
『この度は僕達二人の仲を取り持っていただき、本当にありがとうございました。善は急げと言いますし、早速結婚式を挙げたいと思います。そこで、僕達からもう一つの依頼です。魔術師さん達も是非、僕らの結婚式にご出席ください!』」
ハーピー「私はもちろん出席しますけど、魔術師さんはどうします?」
魔術師「聞くまでもねーだろ?」
魔術師「もちろん、この依頼も喜んで受けさせて貰うぜ」ニッ
〈END〉
剣士『晴れて探偵所で働くことになったハーピーさん。俺としては仕事が減って嬉しいんだけど、魔術師さんはどうやらそうじゃないみたい…?』
剣士『そんな時、魔術師さんから衝撃の告白が!
魔術師「僕、実は伝説の勇者なんだ」
…ってなにそれー!?』
剣士『物語は急展開!ぽっと出で現れた魔王を、特に恨みはないけどぶっ潰す!』
剣士『次回!〈魔術師さん死す!〉お楽しみに!』
剣士「うそです」
次回予告は本編と一切関係なので悪しからず。
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コメント一覧 (3)
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- 2019年09月09日 23:30
- 普通に面白かった
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- 2019年09月11日 20:39
- 前回から、連載漫画の練習みたいな展開だな
一話完結で事件を解決しながら、キャラと世界観紹介して、女性のレギュラーメンバー加えて、ストーリーの大筋を見据えた伏線張って
面白いからこのまま週一で連載してくれ
なろうの小説のタイトルで読まれるか読まれないか決まるって本当やね。