【鬼滅ss】鬼退治の幕間
これは、日本一慈(やさ)しい鬼退治。
その合間で日常のひと時を過ごす、炭治郎たちの小さな話。
【キャラ名】
>>3
心の糸が切れた日を、ぼんやりと覚えている。
惨たらしような空色の青が自分の頭上に浮かんでいた。
ぼんやりと流れゆく雲を眺めながら、ふっと頬を撫でる緩い風がそよいでくる。
ひもじい、かなしい、さびしい、くるしい。
つらい、つらい、つらい、つらい。
そういう気持ちを私を横切る風に全て乗せてみた。
すると、不思議とつらくなくなった。
なにもかも、つらくなくなった。
全てを落としてしまった。
そんな気がした。
お腹の足しにもならないような端銭で売り払われても、かなしくなかった。
それから見知らぬ土地へ流されるために、
きつく縛られた胸の縄をぐいぐいと引かれて
波止場へと歩みを薦める。
その途中で水面に自分の顔が映り込んだ。
髪はボサボサ、頬は落ちくぼみ、黒ずんだ垢が体全体に浸透している。
鳥が飛び去った影響で波紋が広がり、醜く歪んだように虚の鏡面が出来上がる。
波紋が治まると水の奥にいる私と目が合った。
少し大きい瞳の底は、先ほどよりも虚を感じる。
不安、痛覚、そういった情動が機能していないから
ただ呼吸をするだけの肉の塊がそこにいた。
死ぬ事すらも、生きる事すらも、全てすべてが虚の中。
ただ漫然と、漠然と歩みを進めていると。
ふと、声が聞こえる。
「あの、ちょっとよろしいでしょうか?」
むくり、と目を覚ます。
何やら懐かしい夢を見ていたような気がした。
鮮明に思い出せる内容ではない事から、きっと昔の夢でも見たのだろう。
私にとって振り返る事ができる記憶というのは、二人の姉が出来た時から。
二人が作ってくれた、“栗花落カナヲ”という私が出来てから。
きっと、姉さんたちと出会った頃の夢だったのか。
覚えていない事柄に想いを馳せる事をやめて、少し背伸びをしながら改めて意識を覚醒させてゆく。
今日は任務や業務も特にはない。
先日まで屋敷で療養していた炭治郎たちも、機能回復訓練を終えて次の任務に向かったようだ。
本来はもう少し治療に時間がかかる、という見立てだったが
あの三人は予想以上の回復の早さを見せてくれた、というのはしのぶ姉さんの言葉。
となると、今日は一日何もすることが無くなってしまった。
鍛錬をこなすか。それとも次の任務の諜報にあたるか。二者択一。
隊服に着替え、いつものようにコインを投げようとして、ふと一人の男の子の顔を思い出す。
竈門炭治郎。
彼が屋敷を出る前に、私に伝えた言葉。
振り返ったときのあの笑顔。
私は無意識に、コインを胸に抱いて握りしめる。何かを確かめるように。
ふと、窓の外でバサバサと羽音が聞こえてくる。
伝達用の鎹烏だ。
不覚にも驚いてしまい、あわあわと手元を躍らせてコインを落とさないよう善処した。
烏が銜えていたのは白い紙。
どうやら誰かから宛ての文のようだ。
表面には何も書かれていなかったので、ひょいと返して裏面を覗いてみた。
「竈門炭治郎より」
そう書かれていた文だった。
何故だか呼吸が乱れて、脈拍が速くなる。
一体どうして私に手紙を届けたのか。
深まる疑問と、早まる心臓の鼓動。
二つに折られた文を開き、文面を見てみると。
「訓練に付き合ってくれてありがとう。
俺も頑張る。カナヲも一緒に頑張ろう」
それだけしか書かれていない、随分と小ざっぱりした内容だった。
しかも慌ててしたためたような殴り書きのような急ぎ字で。
任務の途中だったのか、それとも急用で時間が無い中に書いてくれたのか。
ふふ、と。口元が自然に綻んでしまう。
私は驚いて、思わず右手を口にあてた。
私は、いま、笑ったのか。
彼は不思議な男の子。
ひたむきで、まっすぐで、あたたかい。
おひさまのひと。
今日の予定は鍛錬でもなく、諜報でもなく。
手紙の返事に時間を割いてみよう。
手元のコインは宙に浮かず、握っていた左手に秘められたまま。
栗花落カナヲの平凡な一日はゆっくりと幕を開けた。
~その日の夕刻~
善逸「炭治郎、鎹烏が何か銜えて持ってきてるぞ」
炭治郎「ありがとう。鱗滝さんからの返事かな……ん?」
伊之助「なんだよ紋一郎、急にほっこりした顔になって」
炭治郎「いや、きっとこれ一日中かかって考えてくれたんだな、って」
善逸・伊之助「「??」」
「栗花落カナヲより
どういたしまして」
【大正コソコソ噂話】
その日の晩、自分の文筆の才の無さがあまりにもアレすぎて
秘かに落ち込んでいるカナヲの姿があったとか。
【キャラ名】
>>12
竈門禰豆子は人を喰らわぬ優しい鬼。
その認知が少しずつ広まっているのか、
異質な存在ながらに隊の中でも比較的に風当たりは落ち着いている。
鬼は本来人の肉を食う、血液を取る、このいずれかで身体回復になるのだが
禰豆子はそれら両方を行なわずに、睡眠をとることで回復手段を賄っている。
怪我の具合がひどいほど眠りは深くなる傾向にあるらしく、
兄である炭治郎の任務に付き添い、
そこで怪我を負った結果としてよく眠っている事もしばしば。
だからこそ、起きているときに出歩く事は割と稀有になる。
そんなある日、任務にて炭治郎と善逸が共に地方の鬼狩りに出向いた際の事。
鬼殺隊の一員として、昨今は飛躍的に力を増している炭治郎と善逸。
様々な鬼との戦いを経て実践の経験値も増し、もはや下弦以下の鬼は即滅可能なまでに強くなっている。
目を覚ましている時の善逸の逃げ腰は相変わらずだが、一旦眠りに入ると
彼の雷光の如き剣閃は鋭さに磨きがかかっており、着実に強くなっているのが分かる。
よって、昨今は禰豆子が任務先で怪我をする事がとんと少なくなった。
兄の炭治郎としては、心労の一つである、妹が前線で戦う頻度が下がって安堵していることだろう。
今回の任務でも、夕刻に現地に着いて、そのまま鬼を屠り、
夜を明かしてから朝には帰路に着くという強行旅のような日程に相成った。
鬼を倒して宿に泊まるとき、
「往復だけで鬼数十匹分くらいの長さなのに、こんだけ頑張った俺らは遊んじゃいけないのかよ!!
もっと美味しいものとかさ、のんびり湯治とかとさ!
ちょっとくらい……ちょっとくらいさ、いいんじゃないでしょうかねぇ!!!?」
と善逸はひとしきり文句を垂らしたのち、渋々と眠りに就いた。
炭治郎も流石に長旅の疲労が出たのか、善逸の愚痴を受けた後にはすぐ床について寝息を立て始める。
夜も更け、遠くで犬の遠吠え響く月夜の明るい丑の刻。
がたごと、がたごと。桐の箱が音を立て始めた。
かたり、と控えめに蓋が開くような静けさで、禰豆子が桐の箱から出てくる。
八畳間の比較的広い部屋の中央で、男子が二人眠っていた。
部屋の奥には換気のために薄くあけた窓が見える。
暗い部屋をすっと割くように、薄い月明りが緩く窓辺を照らしている。
むーっ、と一声。のちに、そろりそろりと眠る二人を起こさぬよう
窓辺へ近づいて、空に昇る憂いの月を見上げてみる。
禰豆子の瞳に写る月光は、何色なのだろうか。
白いのか、黄色いのか、紅いのか。
それを語る言葉を、今の彼女は持ち合わせていない。
月の光に揺れる桃色に似た瞳は、ずっと空を見上げている。
「禰豆子ちゃん、起きてるの?」
寝惚けたような、小さい声が後ろから聞こえてくる。
そこには、くしくしと眼(まなこ)を擦る善逸の姿。
寝ぐせなのか、右の髪がぴょこんと跳ねている。
そこに気付く素振りはなく、彼は炭治郎を起こさないように
ゆっくりと禰豆子のいる窓辺へ歩みを進めた。
そして、彼女の横に腰をおろし、同じ空を見上げてみる。
「あ、今日はまた綺麗なお月様だね」
善逸は禰豆子の方を見ず、月に語り掛けるようにぽつりと一人ごちた。
禰豆子の返事はない。善逸は構わず言葉を紡ぐ。
「今日もさ、炭治郎すごかったんだ。あいつメキメキ強くなっていってるよね。
俺が気付いたら四匹も鬼を切っていてさ。
あいつのおかげで、今日の月をこうして見れる人が沢山いるんだよな。凄いよな」
他人事のように言う善逸。
四匹のうち三匹は彼が切っているのを、当然彼は存ずる事無く。
炭治郎がそう伝えても、俺がそんな強いわけないだろうの一点張り。
禰豆子もそれを見ていたが、そんな気など知らずに善逸は言葉を続ける。
「俺、弱いけれどさ。それでも、じいちゃんが選んでくれた子だから。
じいちゃんや、皆のために、こう、強くなれたらって……」
そこまで発したあと、急に気恥ずかしくなったのか
善逸は手を横にブンブンと禰豆子に振り出す。
「あ、いやね……そう!そうなれたらいいなってだけだから!!
いけないねコレ、夜の魔力だね!
こういう時間に手紙書いた時の勢いに近いアレだから!!!」
首まで降り始めた善逸に、禰豆子はそっと右手を近づける。
そして、彼の黄色い頭に乗せ、ゆっくりと撫で始めた。
顔の表情が変わらず、喋る事もないので、どういう意図なのかは分からない。
ただ、善逸は撫でられているというのが非常に照れ臭くなった。
「え、なに!?禰豆子ちゃん!?
急にどうしたの、どうしたの!なにもうこれ結婚しよう!
炭治郎を義兄さんと呼ぶ覚悟はとうにできてるよ!!!」
奥で寝ている炭治郎が、うーん、と唸ったので善逸は言葉を止める。
禰豆子はそれでも、撫でる手を止めない。
「あ、いや、その、俺こういうの慣れてないから……」
「むー」
「……」
「む」
「……ありがとう」
「ん」
そうして禰豆子はひとしきり撫でたあと、すくっと立ち上がり、
そのままとてとてと桐の箱の中に戻って寝息を立て始めた。
後に残された善逸は、ただ茫然としながら布団の中に潜り、
さっきのは一体なんだったのかと世通り悶々と考える事になった……。
【大正コソコソ噂話】
善逸は起き抜けに炭治郎へ「おはよう、義兄さん」と声をかけると
これでもかというほどに不快な顔をされて、地味に心にきたとか何とか。
【キャラ名】
>>24
夕餉の支度をしていると、鎹烏が文を銜えて飛んできた。
儂に届く手紙は、昨今だと専ら炭治郎からだ。
案の定、年にあった粗忽な字で
日々の修行や営み、任務先での出来事などを丁寧に綴ってくれる。
昨今は炎柱が命を賭して乗客を守った事に感銘を受けたのか
「強くなりたい」が結びの言葉になる事が多くなった。
焦る事は無い、と伝えて伸び伸びと成長を本来は促したい所だが
今の彼奴は鬼殺隊の立派な一員。
何がどう足りないのか、心に問いかけるよう発破をかける文体で返事をする。
厳しさこそがこれからの命を護る最善と信じて。
しかして。まだ幼い身に、重すぎるものを背負わせた。
背中に担ぐ桐の箱に、妹をはじめとして、無辜の民、隊の仲間など。
多くの命を入れているのだろう。
優しい子どもに、酷な事をさせている。
いや、炭治郎だけではない。
未来の継子を育てる名目で送り出した、選抜で還ってこなかった子どもたち。
水飴が好きな年頃であろうあの子たちにも、艱難辛苦ばかりを舐めさせてしまった。
儂はきっと地獄に落ちるだろう。
それはそれで構わない、当然の報いというものか。
ふと、懐かしい声が聞こえた気がした。
男児の声か、女児の声かは定かではない。
もしくは、その双方か。
一人の声のような、沢山の声のような。なんともあやふやな幻聴だ。
ただ、どこかで必ず聞いた事のある声だった。
何か優しい言葉をかけてくれたのかすら分からないが、謎の心の温かさを感じる。
自分も耄碌してきたものだ。
聞こえぬ声に安らぎを覚えるなどとは。
ぼんやりと炭治郎からの手紙を読んでいると、
ジュっと火にかけていた鍋が噴き零れる音でハッとした。
そうだ、夕餉の準備をしていたのだった。
手紙の返事をすることに一所懸命になっていたという迂闊さが見えるあたり、
やはり元水柱はやはり引退して正解だったようだ。
今は不器用ながらに義勇が役目を果たしてくれているから、その辺りは問題ないだろう。
優しいあの子の事だ。
きっと、未だに判断に迷うことがあるだろう。
その時は、炭治郎。
お前の背中を押してくれる人を信じてあげてほしい。
夕餉を食べ終えたら、そうだ。
久々に作ってみよう、厄除の面を。
儂が育てたあの子たちの武運長久と、大きくなれなかったあの子たちへの鎮魂を込めて。
【大正コソコソ噂話】
鱗滝さんは後日、気まぐれに義勇さんへ手紙を届けたらしい。
内容は「みんなと上手くやれているのか」との事。
それを見た義勇さんは渋い顔をして、
たまたま近くに居たしのぶさんはその様を見て爆笑していたとか何とか。
【キャラ名】
>>36
いま、刀鍛冶の里は活気づいていた。
それもその筈。
実に久方ぶりに、鬼殺隊が上弦の鬼を撃破したのだ。
自分たちの打った刀が鬼を屠る。
戦場へ赴けない代わりとして、魂を込めて打つ日輪刀に
想いを託している里の皆々としては嬉しい限りだろう。
左腕の欠損による音柱の引退を始めとした、様々な代償を経て、
大いなる勝利をもぎ取った。
怪我人はあれど現状で死者は無し。
実に素晴らしい事のように思える。
ただ、上弦撃破の吉報を眺めている鋼鐡塚蛍の顔は険しい。
ひょっとこ面で顔は分からぬゆえ、険しい顔を覗かせているのかどうか正しくは不明だが。
それでも、その面の内側から滲み出るような気配を感じる。
その正体は恐らく、焦燥感。
彼が見ているのは、張り出された知らせ文の下部。
重軽傷者一覧の項目に書かれている一文だった。
竈門炭治郎 重体
意識不明 昏睡中
またしても俺の打った刀を駄目にしやがった……。
許すまじ、許すまじぃ……!!!!
そう思う気持ちは九割九分ほど持ち合わせており、
憤怒の心象で燃え滾るような心を抱いている。
この炎で刀を打てたら、どれほど立派なものが出来上がるだろうか。
そう思う傍ら、残る一分の心は澄んだ音を醸し出して自身に問いかけてくる。
本当に良い刀を打てた時に聞こえてくるような、凛と張ったたおやかな音。
俺がもっと立派に刀を打てていたのなら。
炭治郎はこんなに酷い怪我を負わずに済んだのではないか。
刃毀れのひどい刀を見て、当初は怒りと悲しみばかりが沸き上がった。
だが、それは同時に戦闘の激しさを物語るようで、
ほんの少し、僅かばかりだが、必死に鬼と戦うあの少年が目蓋の裏に幻視された。
今まで担当してきた剣士もみな凡骨ばかり。
こちらが一刀にどれほど心血を注いでいるのか苦労も知らず、
折れた欠けたですぐに駄目にしてくる。
それを是正する意味合いで柔らかく「殺す」と伝えたら、すぐに担当を外されてきた。
盆暗に差し出す刀はないとせいせいしていた。
だが、竈門炭治郎は違った。
これまで二度も直してきたが、変わらずに自分を指名して打ち直しを依頼してくる。
その依頼が来る度にはらわたが煮えくり返っているのだが、
それでも尚、あの少年は俺に刀を頼んでくる。
鬼の屠るための刀でもあり、
同時にその鬼と対面する鬼殺隊の命を護る刀でもあるから。
もしかすると、俺の未熟であいつは命を落としかけたのではなかろうか。
心に浮かんだ言葉に耳を傾けた鋼鐡塚は、すくっと立ち上がり
そのまま山へ篭る準備を始めた。
特上の刀を打つためには、健全な精神が必要とされる。
その精神を入れる器として、身体を鍛えぬくことから開始しようと思い立ったからだ。
炭治郎が昏睡から目覚めて、また自分の刀を振るうそのとき。
あの赫灼の子の身命を護れる刀を打ち損じないように。
立ち上がった動きで、ひょっとこ面が少しずれる。
端正な顔立ちを想起させる口元には、
にやりと意気込むような笑顔がこぼれている。
右手でずれた面を直し、重そうな荷物をよいしょと背負う。
背には最低限の食糧と鍛冶道具一式。
愚直な彼は、刀鍛冶の高みへとまた一歩昇り始めた。
それはそれとして、あいつには手紙を送っておこう。
今の心境を綴ったやつを三枚ほど。
【大正コソコソ噂話】
鋼鐡塚さんからの手紙を読んだ炭治郎は、その後すぐに
みたらし団子の美味しい店を探し始めたらしいとか。
【キャラ名】
>>45
1人だけならしのぶ
身内の酒柱から柱合会議の招集があったため、
しばし出かけて参ります。
>>45把握です。一応この話を書いたら一旦〆で。
それまでスレはお好きなようにお使いください。
とある峠の茶屋にて。
天気は快晴、新緑は眩し。
幸せは日向に転がっている、と悠々と語る朗らかな陽気。
そんな気候と裏腹に、むすりとした仏頂面の青年が野点傘の下にいる。
彼の者の名は富岡義勇。
表情筋の動かし方を忘れているかの如く、眉一つぴくりともさせずに
一人静かにお茶を啜っていた。
彼がここで茶を一服しているのには理由があった。
任務と見回りの双方を兼ねてこの地へ来たのはいいが、
どうやら自分より先に着いていた柱が一足早く解決してくれていたようだ。
自身の仕事が済んでいるのなら、もうこの地に用はないと
踵を返してさっそく次の任務先へ向かおうとしたところ、
件の人物から「お茶の一杯くらいは労いとして付き合うべきだ」と諭され、今に至る。
ずず、と玄米茶を一啜り。深みのあって美味しいものだ。
それにしても予定の時間より半刻は経過しているのに、彼女は未だ来る気配がない。
もう半刻待ってみても来ないなら、さっさと先に行ってしまおうか。
そんな事を考えていたら、茶屋の前に人影が一つ。
「すいません、お館様への報告書をまとめあげるのに手間取っていました」
彼女の名前は、胡蝶しのぶ。
鬼殺隊を統括する“柱”の一人。
自身も水柱と謳われているが、実力不足の身にはいかんせん肩書が重すぎるので、
そう言われるとつい苦い気持ちが芽生えてしまう。
遅い、と一言告げると、笑顔を崩さぬまま彼女は
「淑女を急かすのは男(おのこ)として如何なものでしょうね」と返してくる。
言葉を戻すのも億劫だったので、そうか、と残して再び茶を啜る。
ふと空を見上げると、鎹烏が飛んできた。
新しい任務依頼の追記だろうか。
そう思いながらも義勇は烏から文を受け取り、
二つ折りにされていた紙をおもむろに開いてみる。
宛先を見ると、達筆ながらに見慣れた字が書かれていた。
どうやら師である鱗滝左近次からのようだ。
内容は、なんという事のない手紙。
父が息子を案じるような、優しい内容だった。
そのまま読み終えようとすると、追伸の一行が目に飛び込む。
<他の柱とはうまくやれているか?
義勇、お前と仲の良い子が見つかっていたら儂は嬉しい>
義勇は思わず渋い顔をしてしまう。
この感情は羞恥に近い。未だこの年齢になっても師匠に心配をかけているのか、と。
遠目から義勇を見ていたしのぶは、
珍しい表情をする義勇が何を読んでいるのか気になり、
気配を消しつつ後ろから手紙をふと覗き込んでみた。
全文は読めないが、追記の部分だけは読みとれる。
そこだけ読めたら十分だった。
ブッフォッッッ、と思わず吹き出してしまうのを堪える事は、今の彼女には不可避だった。
後頭部に霧状の唾が飛び散った義勇は、不快そうに後ろにいるしのぶを振り返る。
むすっとした仏頂面に磨きがかかっていて、中々の迫力だ。
だが、そんなことを意にも介さず、しのぶは義勇から少し離れた席に座り、言葉を紡ぐ。
「勝手に覗いちゃってすみません。
でも駄目ですよ、お師匠様に嫌われてる事を心配されちゃうのは」
「再三言うが、俺は別に嫌われていない」
「あらあらそうですか、そうですか。自覚が無いのは素敵なことです」
たった二言三言なのに、かなりの毒気を纏っている。
義勇はげんなりしながらも、しのぶの眼をじとりと見つめた。
そして告げる。
「お前とは、割とうまくやってると思っている」
しのぶは、その言葉に驚いてしまった。
本当に仲良くやれていると思っているとは正気なのか、という考えと。
何故だか分からないが言われて悪い気がしない、という感情の二つが芽生えた。
「富岡さん、そういう風に空気読めないから嫌われるんですよ」
だから別に嫌われていない。
そう言おうと思ったが、水掛け論になるので
義勇は首を振りつつ、茶を啜るがてらに言葉を飲み込んだ。
ふとしのぶの方を改めて見ると、少しうつむいている。
ぱさりと垂れた前髪で表情が読めないが、まぁ特に読む必要もないだろう。
よいしょっと、と言いながら、腰を浮かせてしのぶは義勇の座る席に少し近づく。
また何か言われるのだろうかと内心身構えていると、
ふと鼻腔を何某かの香りがくすぐってきた。
この香りは、藤の花。
鬼を殺す甘い毒の香。
この匂いは少しだけ好ましい。
「お前には鬼も寄り付かないな」
何とはなしにそう告げると、表情は笑顔を崩していないが
彼女の左こめかみには青筋がピクピクと蠢いている。
「鬼“も”ですか。富岡さん。急に喧嘩をふられても困るんですが」
「いや喧嘩を売ったつもりは毛頭ないのだが」
「投げ売り特価で売ってましたよ富岡さん。
こういう機微にお気づきにならない辺り、まぁ色々とお察しできますね」
「いや、すまない。お前から少し強い藤の花の香りがするものだから……」
それを聞いたしのぶの顔が、ほんの少しだけ曇った。
その表情から覗かせるものは、一体何なのか。
何となく、哀愁と決意によく似ていた。
またしても言葉を間違えてしまったのか、と義勇は内心狼狽してしまう。
もう喋らないで黙って茶を飲んで、さっさとここを出てしまおうかと考えていると
けろりとした顔でしのぶは言う。
「まぁ最近は新しい毒を試したりしているから、その名残でしょうね。
純度の高い藤の花の毒が出来上がると、必然的に私の技量向上にもなりますし」
「そんなものか」
「そんなものです」
そして義勇は再び茶を啜る。湯呑にはもう二割も残っていない。
これでようやく席を立てると思っているところに
お待たせしました、と店員から
しのぶの分のお茶と茶請けの団子が野点傘の席に届いた。
「あ、店員さん。この人の分のお茶もおかわりで。
あと代金は彼と一緒にしておいてください」
店員はすかさず、畏まりましたと言葉を残して店内に戻っていく。
「おい、おい」
「いいじゃないですか。私たち、仲がいいんでしょう?
たまにはゆっくりお話でもしてみましょう」
「……」
「それにですね、その……」
「なんだ、急に言いよどんで」
「花の香りがする淑やかな女子に、
お団子代を立て替えない男はいないって知ってましたか?」
「いや知らん、初耳だ。
それに俺は茶しか飲んでないから店員が来たら別払いにするぞ」
しのぶは笑顔を引っ込めて、大きくため息をつく。
全集中・鈍感男への苛立ち呼吸。
「富岡さん、そういうところですよ……」
色んな感情を込めて、そう告げるのが精一杯だった。
【大正コソコソ噂話】
義勇さんは、鱗滝さんへ返事をする際に
「蟲柱とは仲が良い」という言葉を少し間違えて
「蟲柱とは良い仲」と送ってしまったそうで。
鬼殺隊では一時期、水柱と蟲柱の夫婦(めおと)が誕生すると騒然になった。
しのぶさんは、「そんな事ありませんよ」と
ひきつった笑顔の額に無数の青筋を立てながら否定して回るのに奔走したとか。
鬼滅ssがもっと増えますように。
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コメント一覧 (6)
-
- 2019年06月19日 01:19
- 鬼滅ssって初めてか
-
- 2019年06月19日 01:34
- 地の文あるとあんまり読まないけれどこれは普通に面白かった
鬼滅ss初めて読んだわ
-
- 2019年06月19日 05:54
- 鬼滅がss入りとか嬉しい
-
- 2019年06月19日 11:35
- 鬼滅はサブストーリーやイフの話でやると幸せになれる
鬼滅学園なんとかやってくれねえかな
-
- 2019年06月19日 12:27
- 本誌最新話の話をまで盛り込んである…これがSS柱か
-
- 2019年06月19日 14:15
- しのぶさんの話はやめろ、俺に効く……
今週で完全に死亡確定しちゃったからなぁ、仮に死んでなかったとしても長生きは無理だったという。