引用元: ・【スレよ】嫁に先立たれた奴集まれ 2 【進むな】
371: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/10/21(木) 15:34:24
>>332です。
応援して下さる方々、有難うございます。
妻の終末医療が始まった。
搬送されたときのショック症状も和らぎ、安静にして眠っている状態。
担当医の意見では、
「腸間膜に豆が撒かれているように一杯転移している。
手術などで取りきれるようなものでは既にない。
それが腸へ栄養を運ぶ血管を圧迫して塞いでいる状態。遠からず腸が壊シをして、
恐らくはそれが原因となるシ、ということになるだろう」とのこと。
一月持てば良いほうだそうだ。
応援して下さる方々、有難うございます。
妻の終末医療が始まった。
搬送されたときのショック症状も和らぎ、安静にして眠っている状態。
担当医の意見では、
「腸間膜に豆が撒かれているように一杯転移している。
手術などで取りきれるようなものでは既にない。
それが腸へ栄養を運ぶ血管を圧迫して塞いでいる状態。遠からず腸が壊シをして、
恐らくはそれが原因となるシ、ということになるだろう」とのこと。
一月持てば良いほうだそうだ。
それでも覚悟の出来ない自分。しかしそれよりも、妻との約束で僕は頭が一杯だった。
「苦痛だけでも取って頂ける方法というのは在るのでしょうか?」と尋ねると、
「もう、小腸から先は機能していないと思われますので、何も食べられないし、飲めません。
点滴で維持するのみですが、それでも段々と弱って来るでしょう。苦痛の方ですが、
痛みについては、モルヒネなどのパッチや点滴を使うことにより和らぐものと思います。
ただ、どうしても痛むようでしたら、そのときは最後の手段として、
ドルミカムを使って意識レベルを下げる方法があります。
ただ、そうなると、もうずっと眠っていることになりますから、お話も出来なくなります。」
とのこと。
…妻との約束、それにはこの方法しかないということらしい。
必ずやって来るお別れに対して、カウントダウンが始まった。
僕たち家族の時間はどんどん減っていくのみだ。
「苦痛だけでも取って頂ける方法というのは在るのでしょうか?」と尋ねると、
「もう、小腸から先は機能していないと思われますので、何も食べられないし、飲めません。
点滴で維持するのみですが、それでも段々と弱って来るでしょう。苦痛の方ですが、
痛みについては、モルヒネなどのパッチや点滴を使うことにより和らぐものと思います。
ただ、どうしても痛むようでしたら、そのときは最後の手段として、
ドルミカムを使って意識レベルを下げる方法があります。
ただ、そうなると、もうずっと眠っていることになりますから、お話も出来なくなります。」
とのこと。
…妻との約束、それにはこの方法しかないということらしい。
必ずやって来るお別れに対して、カウントダウンが始まった。
僕たち家族の時間はどんどん減っていくのみだ。
373: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/10/21(木) 16:01:54
>>332です。
苦痛の取れた妻は、最初はまるで今までと変わらぬ様子だった。
しかし、排便排尿の必要もない妻は、もうそれからベッドに寝たきりになってしまった。
元々体格の良かった妻は、そのときにはもう手足が萎えてしまい、
自分で上体を起こすのが精一杯だった。
僕は毎日、出勤前と帰宅前には病院に寄り、土日祝日はそれこそ一日中、妻の傍にいた。
時折、家事をしに帰らねばならなかったが、車で5分ほどのところであり、
息子も、学校帰りには帰宅前に立ち寄ることが日常となっていた。
父は相変わらず、というか、前にも増して酒を飲むようになっていた。
病室で妻の身体を拭いたり、髪を洗ってあげることに僕は喜びを感じていた。
やがて確実に来る別れを、僕たちは意識的に話題にしないでいた。
他愛もない世間話や、世間ではこんなことがあったよねえ、なんて、
まるでお茶の間での話のように、なるべく僕たちは笑って日々を過ごしていた。
時折来る痛みを訴えれば、僕がすぐにナースコールを押して、鎮痛剤を注射してもらったり、
手足にダルさを感じればさすってあげたり、今思えば、すごく凝縮された日々だったと思う。
苦痛の取れた妻は、最初はまるで今までと変わらぬ様子だった。
しかし、排便排尿の必要もない妻は、もうそれからベッドに寝たきりになってしまった。
元々体格の良かった妻は、そのときにはもう手足が萎えてしまい、
自分で上体を起こすのが精一杯だった。
僕は毎日、出勤前と帰宅前には病院に寄り、土日祝日はそれこそ一日中、妻の傍にいた。
時折、家事をしに帰らねばならなかったが、車で5分ほどのところであり、
息子も、学校帰りには帰宅前に立ち寄ることが日常となっていた。
父は相変わらず、というか、前にも増して酒を飲むようになっていた。
病室で妻の身体を拭いたり、髪を洗ってあげることに僕は喜びを感じていた。
やがて確実に来る別れを、僕たちは意識的に話題にしないでいた。
他愛もない世間話や、世間ではこんなことがあったよねえ、なんて、
まるでお茶の間での話のように、なるべく僕たちは笑って日々を過ごしていた。
時折来る痛みを訴えれば、僕がすぐにナースコールを押して、鎮痛剤を注射してもらったり、
手足にダルさを感じればさすってあげたり、今思えば、すごく凝縮された日々だったと思う。
374: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/10/21(木) 16:04:00
>>332です。
内憂外患、と依然述べたが、そのうちの一つが義実家だった。
妻の母親も、無事に手術を終え、今では自宅に戻って普通に生活しているとのことで、
僕は義母に面会に来てくれるようにお願いしてみた。いつどうなってもおかしくない妻の状態では、
話が出来るうちに逢って貰っていた方が良い、と思ったからである。
しかし電話でのお願いに、妻の母親はそれを断ってきた。
「そんな状態の娘を見たら、私が落ち込んでしまうから」との理由で。
僕は親子ってそんなものなのか?という疑問を抑えて、了解した。
しかしその翌日に、義兄から電話が掛かってきた。
「こんな状態の母親になんと言うことを持ちかけるのか?それで体調を崩したらどうしてくれる?
俺にはもう肉親は母親しかいないのだから、もしこれで母親がどうかしてしまったら、俺は一人になってしまうではないか!」
と、激昂した口調での電話だった。僕は感情を抑えて話した。
「もう妻と会話できる機会がなくなるかもしれません。何か方法は無いでしょうか?」と。
義兄は、「もうお前のところに嫁にやったのだから、うちの姓(旧姓)ではなくなっているんだし、
そっちはそっちでやってくれ。こっちも大変なんだから。」
と言われてまでは、こちらも食い下がる訳にはいかなかった。
結局、義母は、葬儀の日まで来ることはなかった。
義兄はこの日以来、僕のことを好ましく思わないようになった。
内憂外患、と依然述べたが、そのうちの一つが義実家だった。
妻の母親も、無事に手術を終え、今では自宅に戻って普通に生活しているとのことで、
僕は義母に面会に来てくれるようにお願いしてみた。いつどうなってもおかしくない妻の状態では、
話が出来るうちに逢って貰っていた方が良い、と思ったからである。
しかし電話でのお願いに、妻の母親はそれを断ってきた。
「そんな状態の娘を見たら、私が落ち込んでしまうから」との理由で。
僕は親子ってそんなものなのか?という疑問を抑えて、了解した。
しかしその翌日に、義兄から電話が掛かってきた。
「こんな状態の母親になんと言うことを持ちかけるのか?それで体調を崩したらどうしてくれる?
俺にはもう肉親は母親しかいないのだから、もしこれで母親がどうかしてしまったら、俺は一人になってしまうではないか!」
と、激昂した口調での電話だった。僕は感情を抑えて話した。
「もう妻と会話できる機会がなくなるかもしれません。何か方法は無いでしょうか?」と。
義兄は、「もうお前のところに嫁にやったのだから、うちの姓(旧姓)ではなくなっているんだし、
そっちはそっちでやってくれ。こっちも大変なんだから。」
と言われてまでは、こちらも食い下がる訳にはいかなかった。
結局、義母は、葬儀の日まで来ることはなかった。
義兄はこの日以来、僕のことを好ましく思わないようになった。
375: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/10/21(木) 16:18:18
>>332です。
自分の親兄弟が来ないことを知った妻は、少し寂しそうな顔をしながらも笑顔で云った。
「みんなそれぞれ大変だもんね。一つお願いしても良いかな?」と。
妻の提案とは、ビデオレターを撮ることだった。
体調の良いときを選んで、自分の実家関係の世話になった人、そして昔からの友人達、
もう逢って話が出来ないだろうという人に対して、それぞれ短いながらも妻はメッセージを残した。
「何もかもが済んだら、それぞれ分けてあげてね」と。
撮るときには、最後お互いが泣いてしまうようなときも在ったが、
それでも必ず、有難う、と言う言葉があった。
父にはビデオレターは当然、無かったが、それは僕に対しても同じく、無かった。しかし、息子に或る物を残したい、と妻は云った。
「あの子が二十歳になったら、これを見せてね。」と妻は、
成人式を迎えたであろう息子を想定してビデオレターを撮った。
「二十歳になった○○(息子の名)へ。
どんな大人になってるのかなあ?目標には届いていますか?
人の気持ちのわかる、いい人になってると良いなあ。
そして良い彼女がいて、良いときを過ごしていたら良いなあ。
お母さんはずっと見させてもらっているからね。
じゃあね。」
…だめだ、泣けてきた。チョット仕事落ちします。
ごめんなさい。
自分の親兄弟が来ないことを知った妻は、少し寂しそうな顔をしながらも笑顔で云った。
「みんなそれぞれ大変だもんね。一つお願いしても良いかな?」と。
妻の提案とは、ビデオレターを撮ることだった。
体調の良いときを選んで、自分の実家関係の世話になった人、そして昔からの友人達、
もう逢って話が出来ないだろうという人に対して、それぞれ短いながらも妻はメッセージを残した。
「何もかもが済んだら、それぞれ分けてあげてね」と。
撮るときには、最後お互いが泣いてしまうようなときも在ったが、
それでも必ず、有難う、と言う言葉があった。
父にはビデオレターは当然、無かったが、それは僕に対しても同じく、無かった。しかし、息子に或る物を残したい、と妻は云った。
「あの子が二十歳になったら、これを見せてね。」と妻は、
成人式を迎えたであろう息子を想定してビデオレターを撮った。
「二十歳になった○○(息子の名)へ。
どんな大人になってるのかなあ?目標には届いていますか?
人の気持ちのわかる、いい人になってると良いなあ。
そして良い彼女がいて、良いときを過ごしていたら良いなあ。
お母さんはずっと見させてもらっているからね。
じゃあね。」
…だめだ、泣けてきた。チョット仕事落ちします。
ごめんなさい。
376: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/10/21(木) 21:03:54
>>332です。
少し落ち着いたので、吐き出してしまいます。
搬送されたときには、10日以内に来るべきときが来る、と言われていたにもかかわらず、
妻はとても頑張ってくれた。
痛みを和らげるパッチの数も増えていったけれども、その恐怖を口にすることはとうとう無かった。
その意味では僕より遥かに潔く男前だったかも知れない。僕には出来ないかも知れないからだ。
しかし日に日に痛みが増していく。とうとう決断のときが来たようだ。
気が付けば搬送されてから40日が経っていた。
そして投薬開始の日。ちょうどそのときは僕は仕事を抜けられなかった。
付き添っていたのは息子だった。二人はたくさん話が出来たようだ。
「おやすみなさい」と二人は会話を締めくくったらしい。
その日、僕には妻からメールが来た。
もう携帯すら持てなくなっていた妻は、口述で息子に僕宛のメールを打たせたらしい。
「私は眠ってしまいますけど、毎日逢いに来て下さい。
寝てしまってちゃんと相手が出来ないかもしれませんが、
眠っていても私はわかっていますからね。
おやすみなさい○○(僕の名)さん。愛しています。」
僕は不覚にも、職場で携帯を握り締めて嗚咽してしまった。
少し落ち着いたので、吐き出してしまいます。
搬送されたときには、10日以内に来るべきときが来る、と言われていたにもかかわらず、
妻はとても頑張ってくれた。
痛みを和らげるパッチの数も増えていったけれども、その恐怖を口にすることはとうとう無かった。
その意味では僕より遥かに潔く男前だったかも知れない。僕には出来ないかも知れないからだ。
しかし日に日に痛みが増していく。とうとう決断のときが来たようだ。
気が付けば搬送されてから40日が経っていた。
そして投薬開始の日。ちょうどそのときは僕は仕事を抜けられなかった。
付き添っていたのは息子だった。二人はたくさん話が出来たようだ。
「おやすみなさい」と二人は会話を締めくくったらしい。
その日、僕には妻からメールが来た。
もう携帯すら持てなくなっていた妻は、口述で息子に僕宛のメールを打たせたらしい。
「私は眠ってしまいますけど、毎日逢いに来て下さい。
寝てしまってちゃんと相手が出来ないかもしれませんが、
眠っていても私はわかっていますからね。
おやすみなさい○○(僕の名)さん。愛しています。」
僕は不覚にも、職場で携帯を握り締めて嗚咽してしまった。
377: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/10/21(木) 21:31:53
>>332です。
その夜、仕事が終わって、まっすぐ病室に向かうと、妻は穏やかに眠っていた。
今にも目を開けて「お疲れさん、お帰り」なんて云いそうな感じで。
しかし、妻が眠りから覚めることはもう無いのだ。
意識レベルを下げる、と言うことは、痛みを感じにくくなっているかもしれないが、
同時に、痛くて苦しくても、それを訴えることも出来ないのだ、と言うことを意味した。
僕のこれからの仕事は、妻を快適に眠らせることだった。
一定の時間が来たら、姿勢を変えてやる。チョットやそっとでは起きないらしいので。
床ずれを出来るだけ防ぐには、それしかないそうだ。
母のときに、床ずれで苦しんだことを思い出していた。
まるで植木や花に語りかけるように、僕は眠っている妻に語りかける日々が続いた。
出来るだけ注意して、苦しんでいないかどうかを見ていたけれど、
総合病院でのこと、やはり一人の患者に24時間体制では看護士が附け切れないものだ。
腫瘍熱の所為で汗ばんでいる妻の身体を拭き、額や脇、鼠頸部を冷やしているタオルを交換したり、
僕の主な仕事はその繰り返しだった。もう数日の問題だ、とも医者に云われていた。
ある日僕が仕事が終わって、病棟のエレベーターを降りたとき、妻のうめき声が聞こえたので、
すぐに姿勢を換えてやると、僅かににっこりとしたのは、僕の気のせいなのか。
病室も個室に移り、何かの感染症のきらいもあるので、
マスクに帽子、簡易白衣を着て手袋をしてしか病室に入れなくなっていた。
そんな日々も約10日ほど経ったある日、僕は病院のデイルームのソファーで仮眠を取っていた。
この10日ほどはバイタルの値も安定していたのだが、それでも血圧が僅かずつ下がってきていて、
それがある値に達したら危ない、と言われていた。
そして金曜の仕事が終わり、病室から一旦自宅へ戻ったその夜明け前、
僕の携帯がなった。病院からだった。
その夜、仕事が終わって、まっすぐ病室に向かうと、妻は穏やかに眠っていた。
今にも目を開けて「お疲れさん、お帰り」なんて云いそうな感じで。
しかし、妻が眠りから覚めることはもう無いのだ。
意識レベルを下げる、と言うことは、痛みを感じにくくなっているかもしれないが、
同時に、痛くて苦しくても、それを訴えることも出来ないのだ、と言うことを意味した。
僕のこれからの仕事は、妻を快適に眠らせることだった。
一定の時間が来たら、姿勢を変えてやる。チョットやそっとでは起きないらしいので。
床ずれを出来るだけ防ぐには、それしかないそうだ。
母のときに、床ずれで苦しんだことを思い出していた。
まるで植木や花に語りかけるように、僕は眠っている妻に語りかける日々が続いた。
出来るだけ注意して、苦しんでいないかどうかを見ていたけれど、
総合病院でのこと、やはり一人の患者に24時間体制では看護士が附け切れないものだ。
腫瘍熱の所為で汗ばんでいる妻の身体を拭き、額や脇、鼠頸部を冷やしているタオルを交換したり、
僕の主な仕事はその繰り返しだった。もう数日の問題だ、とも医者に云われていた。
ある日僕が仕事が終わって、病棟のエレベーターを降りたとき、妻のうめき声が聞こえたので、
すぐに姿勢を換えてやると、僅かににっこりとしたのは、僕の気のせいなのか。
病室も個室に移り、何かの感染症のきらいもあるので、
マスクに帽子、簡易白衣を着て手袋をしてしか病室に入れなくなっていた。
そんな日々も約10日ほど経ったある日、僕は病院のデイルームのソファーで仮眠を取っていた。
この10日ほどはバイタルの値も安定していたのだが、それでも血圧が僅かずつ下がってきていて、
それがある値に達したら危ない、と言われていた。
そして金曜の仕事が終わり、病室から一旦自宅へ戻ったその夜明け前、
僕の携帯がなった。病院からだった。
378: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/10/21(木) 21:42:44
>>332です。
「血圧が下がってきています」との事だった。「すぐ来て下さい」
僕も息子も、病院へダッシュした。
病院へ着いたら、「安定しました」との事。いささか拍子抜けしたが、何より安心した。
その日、僕は、なんだか身体が熱いことに気が付いた。自分の身体が、である。
考えると3日ほど風呂にも入れていない。土曜の日中に来た見舞いの親戚達の相手をした後、
息子と付き添いを変わってもらい、一旦自宅にシャワーをしに戻った。
熱を測ってみると、41度である。でもぜんぜんしんどくなかったのだ。
今寝込む訳にもいかないし、身体も他は全く問題なかったので、父も連れて病院に戻った。
息子と交代し、息子が自宅で食事と風呂に入ってきたので、
夜になり酒が切れてむずがる父を一旦自宅に連れて帰った。
そして家に着いたまさにそのとき、息子から携帯に電話があった。
「血圧がどんどん下がっています。すぐに来て下さい」と。
「血圧が下がってきています」との事だった。「すぐ来て下さい」
僕も息子も、病院へダッシュした。
病院へ着いたら、「安定しました」との事。いささか拍子抜けしたが、何より安心した。
その日、僕は、なんだか身体が熱いことに気が付いた。自分の身体が、である。
考えると3日ほど風呂にも入れていない。土曜の日中に来た見舞いの親戚達の相手をした後、
息子と付き添いを変わってもらい、一旦自宅にシャワーをしに戻った。
熱を測ってみると、41度である。でもぜんぜんしんどくなかったのだ。
今寝込む訳にもいかないし、身体も他は全く問題なかったので、父も連れて病院に戻った。
息子と交代し、息子が自宅で食事と風呂に入ってきたので、
夜になり酒が切れてむずがる父を一旦自宅に連れて帰った。
そして家に着いたまさにそのとき、息子から携帯に電話があった。
「血圧がどんどん下がっています。すぐに来て下さい」と。
380: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/10/21(木) 22:05:27
>>334です。
ここ数回の投稿が、332になっていました。ごめんなさい。全て334です。
病院に着くと、個室とナースステーションを行き来する看護士の姿が見えた。
妻との約束で、決して人工呼吸器などはしない、というのがあったので、
自力での呼吸が止まるといよいよとなる。尿が止まって2日経っていた。
妻の身体は腫瘍熱により僕より熱い感じがした。
もしかしたら、同じ感じを伝えたかったのかも知れない、と僕は解釈することにした。
なんだか、理由も無く誇らしかった。きっと熱でイカれていたのであろう。
血圧が少し持ち直し、少しほっとして、その夜は酒を飲みそびれて機嫌の悪い父と、
息子と僕の3人で交代で様子を見ていた。そして明け方近くになって、息子が付き添っていた。
僕は病室を出てすぐ隣の待合ソファーのあるところで横になっていた。
突然、息子が泣きそうな顔で出てきた。
今までに無い血圧の低下らしい。主治医がやってきて、あれこれ看護士に指示をしながら
僕たち3人に入るように促した。
もう、マスクも帽子も手袋も白衣も要らないらしい。
もしかすると、そのときを個室で迎える為の配慮だったのかもしれない。
「ご主人、息子さんも手を握ってあげていて下さいね。」
僕の手よりも更に熱い妻の手を握り締めていた。
いよいよその時が来たのである。
東向きにベランダの在るその病室の大きな窓から、朝日が差し込んできた。
妻は晴れ女だった。そしてまさに、まさに眠るが如く、静かに息を引き取った。
僕は息子をしっかりとハグした後、妻に向き直り、
いろんな計器や管を取り外されて身軽になった妻に語りかけた。
「長い間、良く頑張ったね。お疲れ様。」妻の頬をなで、その顔を覗き込むようにして。
溢れる涙は抑え切れなかったが、それでも微笑んで、精一杯微笑んで言った。
妻の長い戦いは終わった。
癌が見つかって余命3ヶ月、長くて半年、と言われてから6年と8ヶ月が経っていた。
…なんかもう顔がぐしゃぐしゃです。今日で終わりにする、と言っておきながら、
今日は最後までもう書けそうにありません。ごめんなさい。
明日には全てを書き終えます。
今日は今から帰って、家事をします。おやすみなさい。
明日に続きます。
ここ数回の投稿が、332になっていました。ごめんなさい。全て334です。
病院に着くと、個室とナースステーションを行き来する看護士の姿が見えた。
妻との約束で、決して人工呼吸器などはしない、というのがあったので、
自力での呼吸が止まるといよいよとなる。尿が止まって2日経っていた。
妻の身体は腫瘍熱により僕より熱い感じがした。
もしかしたら、同じ感じを伝えたかったのかも知れない、と僕は解釈することにした。
なんだか、理由も無く誇らしかった。きっと熱でイカれていたのであろう。
血圧が少し持ち直し、少しほっとして、その夜は酒を飲みそびれて機嫌の悪い父と、
息子と僕の3人で交代で様子を見ていた。そして明け方近くになって、息子が付き添っていた。
僕は病室を出てすぐ隣の待合ソファーのあるところで横になっていた。
突然、息子が泣きそうな顔で出てきた。
今までに無い血圧の低下らしい。主治医がやってきて、あれこれ看護士に指示をしながら
僕たち3人に入るように促した。
もう、マスクも帽子も手袋も白衣も要らないらしい。
もしかすると、そのときを個室で迎える為の配慮だったのかもしれない。
「ご主人、息子さんも手を握ってあげていて下さいね。」
僕の手よりも更に熱い妻の手を握り締めていた。
いよいよその時が来たのである。
東向きにベランダの在るその病室の大きな窓から、朝日が差し込んできた。
妻は晴れ女だった。そしてまさに、まさに眠るが如く、静かに息を引き取った。
僕は息子をしっかりとハグした後、妻に向き直り、
いろんな計器や管を取り外されて身軽になった妻に語りかけた。
「長い間、良く頑張ったね。お疲れ様。」妻の頬をなで、その顔を覗き込むようにして。
溢れる涙は抑え切れなかったが、それでも微笑んで、精一杯微笑んで言った。
妻の長い戦いは終わった。
癌が見つかって余命3ヶ月、長くて半年、と言われてから6年と8ヶ月が経っていた。
…なんかもう顔がぐしゃぐしゃです。今日で終わりにする、と言っておきながら、
今日は最後までもう書けそうにありません。ごめんなさい。
明日には全てを書き終えます。
今日は今から帰って、家事をします。おやすみなさい。
明日に続きます。
381: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/10/21(木) 22:12:34
>>380
乙
今夜はゆっくり休んでくれな
乙
今夜はゆっくり休んでくれな
382: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/10/21(木) 22:41:58
>>380
書くことで、気持ちが楽になるなら書いてくれ。
無理はするなよ。
書くことで、気持ちが楽になるなら書いてくれ。
無理はするなよ。
384: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/10/22(金) 09:40:01
>>380
しっかり吐き出せよ。
好きなときに、好きなだけでいいさ。
おまいさんの体が心配だ。
しっかり吐き出せよ。
好きなときに、好きなだけでいいさ。
おまいさんの体が心配だ。
385: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/10/22(金) 10:29:55
義実家の件は寂しい事だが
>>380が義兄や義母も自分の実の兄、実の母と思って面倒を見る
というつもりがないなら、仕方ないんだよ
向こうは380よりも経済力が圧倒的に無い。
自分らの事で精一杯なんだ
>>380が義兄や義母も自分の実の兄、実の母と思って面倒を見る
というつもりがないなら、仕方ないんだよ
向こうは380よりも経済力が圧倒的に無い。
自分らの事で精一杯なんだ
386: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/10/22(金) 21:40:40
>>334です。
温かいお言葉を掛けて下さる方々、有難うございます。
今日で書き終えようと思ったのですが、義母の体調が思わしくなく、
仕事が終わったら直ぐに隣市へ向かわなくてはならなくなりました。
誠に勝手な言い訳で申し訳ないのですが、この週末は義母の世話をしに参りますので、
どうかご容赦を下さい。
おやすみなさい。
温かいお言葉を掛けて下さる方々、有難うございます。
今日で書き終えようと思ったのですが、義母の体調が思わしくなく、
仕事が終わったら直ぐに隣市へ向かわなくてはならなくなりました。
誠に勝手な言い訳で申し訳ないのですが、この週末は義母の世話をしに参りますので、
どうかご容赦を下さい。
おやすみなさい。
388: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/10/22(金) 22:17:53
>>386
律儀な人だな。体調大丈夫かいな・・・
律儀な人だな。体調大丈夫かいな・・・
394: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/10/26(火) 21:02:24
>>334です。
おかげさまで義母の様子も小康状態を取り戻したようで、数日後に退院できるようになりました。
妻の身体から色んな管やコードが外され、酸素マスクが外されたとき、
妻がなくなったのだ、と言うことを思い知らされた。
手を握ると、まだ腫瘍熱の名残で充分温かい。まだ生きているようだ。
しかし、もうあの荒い呼吸をしていない。
力なく口を僅かに開けたまま、妻の目が開かれることはもうないのだ。
僕は暫く、阿呆のようにただ妻の傍に腰掛け、じっとその顔を見下ろしているだけだった。
母がなくなったときには、その臨終には間に合わず、
今のこの妻の状態と同じときに病室に駆け込んだんだなあ、と今になって思った。
「まだ温かいじゃないか」同じ台詞を口にしていた。
汗をかいていた妻の顔をタオルでゆっくりと拭いてやりながら、
汗っかきが悩みの種だった妻を、もう汗をかくこともないことを寂しく思った。
何か色んな書類を受け取り、それと並行して簡単なシ化粧と清拭をしてくれていたようだった。
元々アイライナーの不要なほどクッキリ眼だった妻。唇には紅が差してあった。
葬儀会社の方が妻のな骸を引き取りに来た。
担当医と少数の看護士に見守られて、なくなった患者だけが通る通路を一緒に出た。
葬儀会社の車に妻を載せ、葬祭会場へ運ぶのだ。妻を載せた車には、息子が同乗して行った。
世話になった担当医と看護士の皆さんに心から厚く御礼を申し上げ、僕は、朝日の強く照らす中、病院の外周を歩いて回って自分の車を留めてある駐車場に向かった。
歩きながら、自分の足が地面に着いている感覚が無かった。
いつかこの日が来ることは解っていた筈なのに、とうとう僕は最後までその覚悟が出来ないままこの日を迎えてしまった。7年前に母をなくし、その喪主を父にマル投げされ、
あたふたとするままに色んな法事を迎えた直後に発覚した妻の癌。
それから6年と8ヶ月、目まぐるしくも、
本当に沢山の事が在り、長く感じることもなく、
実にあっという間のことのように思えた。
まるで他人事のように、ゆっくりと思い出されては、消えていった.
おかげさまで義母の様子も小康状態を取り戻したようで、数日後に退院できるようになりました。
妻の身体から色んな管やコードが外され、酸素マスクが外されたとき、
妻がなくなったのだ、と言うことを思い知らされた。
手を握ると、まだ腫瘍熱の名残で充分温かい。まだ生きているようだ。
しかし、もうあの荒い呼吸をしていない。
力なく口を僅かに開けたまま、妻の目が開かれることはもうないのだ。
僕は暫く、阿呆のようにただ妻の傍に腰掛け、じっとその顔を見下ろしているだけだった。
母がなくなったときには、その臨終には間に合わず、
今のこの妻の状態と同じときに病室に駆け込んだんだなあ、と今になって思った。
「まだ温かいじゃないか」同じ台詞を口にしていた。
汗をかいていた妻の顔をタオルでゆっくりと拭いてやりながら、
汗っかきが悩みの種だった妻を、もう汗をかくこともないことを寂しく思った。
何か色んな書類を受け取り、それと並行して簡単なシ化粧と清拭をしてくれていたようだった。
元々アイライナーの不要なほどクッキリ眼だった妻。唇には紅が差してあった。
葬儀会社の方が妻のな骸を引き取りに来た。
担当医と少数の看護士に見守られて、なくなった患者だけが通る通路を一緒に出た。
葬儀会社の車に妻を載せ、葬祭会場へ運ぶのだ。妻を載せた車には、息子が同乗して行った。
世話になった担当医と看護士の皆さんに心から厚く御礼を申し上げ、僕は、朝日の強く照らす中、病院の外周を歩いて回って自分の車を留めてある駐車場に向かった。
歩きながら、自分の足が地面に着いている感覚が無かった。
いつかこの日が来ることは解っていた筈なのに、とうとう僕は最後までその覚悟が出来ないままこの日を迎えてしまった。7年前に母をなくし、その喪主を父にマル投げされ、
あたふたとするままに色んな法事を迎えた直後に発覚した妻の癌。
それから6年と8ヶ月、目まぐるしくも、
本当に沢山の事が在り、長く感じることもなく、
実にあっという間のことのように思えた。
まるで他人事のように、ゆっくりと思い出されては、消えていった.
395: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/10/26(火) 21:33:01
>>334です。
葬儀会場に着くと、その控え室のようなところに妻は安置されていた。
葬儀社の方が妻の身体の周りに、ドライアイスをセットしていた。
その間に僕は、息子には妻の傍に居てあげるように指示をし、
息子の学校関連に連絡をし、一両日の忌引きの旨を伝えた。
僕の知人関係にはccでのメールで知らせた。また妻の知人達には、
何故か一人ずつメールや電話でお知らせをした。
また、妻の実母や実兄には電話をしたが留守電だったので、その旨を吹き込んでおいた。
返信はその日には無かった。
妻が運び込まれたとき、その葬祭場には既に告別式の方が居られ、僕たちは控えの棟で待機することになった。また翌日が友引だった為、妻の通夜は更にその翌日と言うことに決まった。
この控え室に二日居ることになったのだ。
必要な書類などを近くの自宅に取りに帰ると、父は相変わらず酒を飲んでいた。
「写真を選ばなくてはならんのー」と、心なしか嬉しげに見えた。少しイラッとした。
「明日が友引と言うことで、通夜は明後日、告別式はその翌日となります。
(自宅)に電話や訪問者があれば、その旨お伝え下さい。」と父にお願いすると、
「そんなことは全て、喪主のオマエの仕事と違うんか?ワシはそんなことよりも、母親をなくした○○(孫:僕の息子)の事が可哀相で、呑まにゃおれんのじゃ。」とのたまう。
葬儀会場に着くと、その控え室のようなところに妻は安置されていた。
葬儀社の方が妻の身体の周りに、ドライアイスをセットしていた。
その間に僕は、息子には妻の傍に居てあげるように指示をし、
息子の学校関連に連絡をし、一両日の忌引きの旨を伝えた。
僕の知人関係にはccでのメールで知らせた。また妻の知人達には、
何故か一人ずつメールや電話でお知らせをした。
また、妻の実母や実兄には電話をしたが留守電だったので、その旨を吹き込んでおいた。
返信はその日には無かった。
妻が運び込まれたとき、その葬祭場には既に告別式の方が居られ、僕たちは控えの棟で待機することになった。また翌日が友引だった為、妻の通夜は更にその翌日と言うことに決まった。
この控え室に二日居ることになったのだ。
必要な書類などを近くの自宅に取りに帰ると、父は相変わらず酒を飲んでいた。
「写真を選ばなくてはならんのー」と、心なしか嬉しげに見えた。少しイラッとした。
「明日が友引と言うことで、通夜は明後日、告別式はその翌日となります。
(自宅)に電話や訪問者があれば、その旨お伝え下さい。」と父にお願いすると、
「そんなことは全て、喪主のオマエの仕事と違うんか?ワシはそんなことよりも、母親をなくした○○(孫:僕の息子)の事が可哀相で、呑まにゃおれんのじゃ。」とのたまう。
396: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/10/26(火) 21:43:59
>>334です。
反論する気もなくした僕は、そのまま家を後にし、
町内会の隣保の世話人に、この度のことを伝え、
町内放送でのお悔やみのお知らせ(これは町内会のルールでもあるので)をお願いした。
お腹も空いたであろう息子のことを考え、とりあえず弁当を
何食か買って葬祭場の控え室に戻ると、妻はすっかりドライアイスに周りを囲まれた姿で眠っていた。
今日は奇しくも日曜で、明日は平日だが友引、明後日の通夜の日は祝日とあって、
まるで出来すぎのような日取りだなあ、と反芻しつつも、息子には
何か食べておくようにと弁当を渡し、自分もその一つを食べたが、
モノを噛んで味わっている感覚がしない。葬儀社の方の段取りの説明もあったが、
まるで頭に入らない。とりあえずメモを取って、対応するしかなかった。
母のときも、なんだか用意されていた段取りに流されたような節もあって、
今回もそうなるのかなあ、なんて、まさに他人事のように呆けていたのかも知れない。
しかしその考えは甘かった。身内にアレほどまでに振り回されようとは、
このときには知る由もなかったからである。
その日は、一旦自営する職場に戻り、
告別式の日には休まねばならない事の段取りをし終えて、妻の元へと戻った。
息子には、自宅に戻って通夜や告別式に向けて身体を休めるように伝え、
自分は、この控え室で夜を明かす事に決めた。
妻一人では寂しいじゃないか、と何故か思ったからだ。
物言わぬ妻は、まるで眠っているようだ。
しかしその身体は、限りなく冷たい。
僕は妻のな骸に並ぶように座布団を敷き、其処に身体を横たえた。
手を繋いでやりたかったが、 妻の両手は、胸の上で固く結ばれており、
その上に何か重厚な布が掛けられてドライアイスまで載せられていたので、それは断念するしかなかった。
安らかに眠っている妻の身体に手を伸ばし、
その肘辺りに手を添えて、僕は妻に「おやすみ」と言った。
反論する気もなくした僕は、そのまま家を後にし、
町内会の隣保の世話人に、この度のことを伝え、
町内放送でのお悔やみのお知らせ(これは町内会のルールでもあるので)をお願いした。
お腹も空いたであろう息子のことを考え、とりあえず弁当を
何食か買って葬祭場の控え室に戻ると、妻はすっかりドライアイスに周りを囲まれた姿で眠っていた。
今日は奇しくも日曜で、明日は平日だが友引、明後日の通夜の日は祝日とあって、
まるで出来すぎのような日取りだなあ、と反芻しつつも、息子には
何か食べておくようにと弁当を渡し、自分もその一つを食べたが、
モノを噛んで味わっている感覚がしない。葬儀社の方の段取りの説明もあったが、
まるで頭に入らない。とりあえずメモを取って、対応するしかなかった。
母のときも、なんだか用意されていた段取りに流されたような節もあって、
今回もそうなるのかなあ、なんて、まさに他人事のように呆けていたのかも知れない。
しかしその考えは甘かった。身内にアレほどまでに振り回されようとは、
このときには知る由もなかったからである。
その日は、一旦自営する職場に戻り、
告別式の日には休まねばならない事の段取りをし終えて、妻の元へと戻った。
息子には、自宅に戻って通夜や告別式に向けて身体を休めるように伝え、
自分は、この控え室で夜を明かす事に決めた。
妻一人では寂しいじゃないか、と何故か思ったからだ。
物言わぬ妻は、まるで眠っているようだ。
しかしその身体は、限りなく冷たい。
僕は妻のな骸に並ぶように座布団を敷き、其処に身体を横たえた。
手を繋いでやりたかったが、 妻の両手は、胸の上で固く結ばれており、
その上に何か重厚な布が掛けられてドライアイスまで載せられていたので、それは断念するしかなかった。
安らかに眠っている妻の身体に手を伸ばし、
その肘辺りに手を添えて、僕は妻に「おやすみ」と言った。
397: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/10/26(火) 21:48:41
名前のところに334って入れてくれると読みやすいんだけど
398: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/10/26(火) 22:07:23
>>334です。
遺体と夜を過ごすのみならず、添い寝をする事には、
恐怖や一種異常さ、更には狂気を感じる人も居られるかもしれない。
でも、その時の僕は、何ら異議を感じる事も無く、自然にそう出来たのである。
僕は少し眠ったのかもしれない。でも、妻は夢には出てきてくれなかった。
その事に僕は少しだけ残念な思いがした。
夜が明け、平日の月曜であるが、今日は友引であり、葬祭場は実質お休みである。
この控え室に僕と妻が居るだけであるが、程なくして息子がやってきた。今日はギリギリまで妻の傍に居て、仕事に通常どおり出かけ、最短で仕事をこなした後、
最速で再びここに戻ってくるまでの間の交代要員として息子に来てもらったのである。
僕が息子を妻の傍に残している間には、後に判ったことだが、息子は妻と沢山対話をしたようである。僕は少しでも早く、息子のグリーフケアをしないといけない、と思うに至った。
僅か14歳で母親をなくしたのである。
まだまだ男の子にとっては母親の存在は大きい年頃。
しかも彼のその今までの人生の中で、半分が闘病している母親とのモノでしかなかった。
彼をそんな境遇に生まれてきた事に対して、本当に不憫で申し訳なく思った。
これは今でもずっと思い続けている。仕方のない事だとは言え、僕自身が母親をなくした35歳のときですら悲しかったのであるから、まだまだ母親にも甘えたい男の子の14歳では、
その悲しみは如何ばかりであろうか。息子には、一生詫びなければならないだろう。
こんな父の下に生まれてきた息子よ、どうかこの父を許して欲しい。
母親の愛を充分に受けられたとは決していえない息子よ、どうか愛を知る大人に育って欲しい。
遺体と夜を過ごすのみならず、添い寝をする事には、
恐怖や一種異常さ、更には狂気を感じる人も居られるかもしれない。
でも、その時の僕は、何ら異議を感じる事も無く、自然にそう出来たのである。
僕は少し眠ったのかもしれない。でも、妻は夢には出てきてくれなかった。
その事に僕は少しだけ残念な思いがした。
夜が明け、平日の月曜であるが、今日は友引であり、葬祭場は実質お休みである。
この控え室に僕と妻が居るだけであるが、程なくして息子がやってきた。今日はギリギリまで妻の傍に居て、仕事に通常どおり出かけ、最短で仕事をこなした後、
最速で再びここに戻ってくるまでの間の交代要員として息子に来てもらったのである。
僕が息子を妻の傍に残している間には、後に判ったことだが、息子は妻と沢山対話をしたようである。僕は少しでも早く、息子のグリーフケアをしないといけない、と思うに至った。
僅か14歳で母親をなくしたのである。
まだまだ男の子にとっては母親の存在は大きい年頃。
しかも彼のその今までの人生の中で、半分が闘病している母親とのモノでしかなかった。
彼をそんな境遇に生まれてきた事に対して、本当に不憫で申し訳なく思った。
これは今でもずっと思い続けている。仕方のない事だとは言え、僕自身が母親をなくした35歳のときですら悲しかったのであるから、まだまだ母親にも甘えたい男の子の14歳では、
その悲しみは如何ばかりであろうか。息子には、一生詫びなければならないだろう。
こんな父の下に生まれてきた息子よ、どうかこの父を許して欲しい。
母親の愛を充分に受けられたとは決していえない息子よ、どうか愛を知る大人に育って欲しい。
399: 334 2010/10/26(火) 22:30:57
>>397さん、これで宜しいでしょうか?
>>334です。
奇しくも二晩、妻と共に夜を過ごせた。なんだか理由も無く誇らしかった。
ホントに他には誰も居ない二人きりの夜。まるで恋人時代の二人に還ったような気すらしていた。
もしその時の僕を眺めるものが居たら、異様なものに見えたかもしれない。
遺体に手を伸ばし、同じ天井を眺めるが如く、物言わぬ遺体に話しかける様は。
通夜の日になって、慌しくなってきた。それこそ、色々な人(葬儀関係者)がやってきて、色んな手続きをしたり、するべきことが一杯である。先ずは遺影を決めなければ。
僕は実は既に決めていた。
まだ息子が園児だった頃、近くの公園に出掛け、
ツツジの一杯咲くところで息子がカメラのシャッターを押した一枚の写真。
僕は野球の捕手のように屈み、妻はそれに横から覆いかぶさるように、
それでも顔は前に向けてニッコリとした写真が在るのだ。
妻の瞳はしっかりとカメラを持っていた息子に向けられ、その瞳には小さくとも息子が映っていたに違いない写真が。
その事が父には気に入らなかったらしい。自分が仕切りたかったのだ。
酒臭い息を吐きながら、僕に散々罵詈雑言を浴びせて悪態をついて自宅に戻っていった。
どう思われようとも、僕はこの写真を遺影にする事にした。
妻は今も変わらず、あのときの息子に向けていた笑顔を僕たちにくれている。
修羅場が次々と襲ってくる事になるのだが、それはまた明日に書かせてください。
自宅に戻って家事をします。本当に長くなって申し訳ありません。
でも妻がなくなって2年半経って初めて書く気になれたのです。
どうか我侭をお許し下さい。
皆さんおやすみなさい。
明日に続きます。
>>334です。
奇しくも二晩、妻と共に夜を過ごせた。なんだか理由も無く誇らしかった。
ホントに他には誰も居ない二人きりの夜。まるで恋人時代の二人に還ったような気すらしていた。
もしその時の僕を眺めるものが居たら、異様なものに見えたかもしれない。
遺体に手を伸ばし、同じ天井を眺めるが如く、物言わぬ遺体に話しかける様は。
通夜の日になって、慌しくなってきた。それこそ、色々な人(葬儀関係者)がやってきて、色んな手続きをしたり、するべきことが一杯である。先ずは遺影を決めなければ。
僕は実は既に決めていた。
まだ息子が園児だった頃、近くの公園に出掛け、
ツツジの一杯咲くところで息子がカメラのシャッターを押した一枚の写真。
僕は野球の捕手のように屈み、妻はそれに横から覆いかぶさるように、
それでも顔は前に向けてニッコリとした写真が在るのだ。
妻の瞳はしっかりとカメラを持っていた息子に向けられ、その瞳には小さくとも息子が映っていたに違いない写真が。
その事が父には気に入らなかったらしい。自分が仕切りたかったのだ。
酒臭い息を吐きながら、僕に散々罵詈雑言を浴びせて悪態をついて自宅に戻っていった。
どう思われようとも、僕はこの写真を遺影にする事にした。
妻は今も変わらず、あのときの息子に向けていた笑顔を僕たちにくれている。
修羅場が次々と襲ってくる事になるのだが、それはまた明日に書かせてください。
自宅に戻って家事をします。本当に長くなって申し訳ありません。
でも妻がなくなって2年半経って初めて書く気になれたのです。
どうか我侭をお許し下さい。
皆さんおやすみなさい。
明日に続きます。
400: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/10/26(火) 22:40:49
>>399
固定ハンドルをつけたのだから、「続きます」はいらんぞ。
ちゃんとみんな続きを探して読めるからな
固定ハンドルをつけたのだから、「続きます」はいらんぞ。
ちゃんとみんな続きを探して読めるからな
401: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/10/26(火) 23:09:00
>>334
おつかれ。
がんばれよ。
おつかれ。
がんばれよ。
402: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/10/26(火) 23:26:01
永眠した妻と添い寝するのは狂気なのかな?
床の間で二晩、一緒に寝たよ
入院中、一緒に寝られなかったから。
北枕でも関係なかった
とにかく一緒にいたかった
床の間で二晩、一緒に寝たよ
入院中、一緒に寝られなかったから。
北枕でも関係なかった
とにかく一緒にいたかった
403: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/10/27(水) 09:38:25
それは普通
あれ?おかしいかな?って戸惑ってしないと後悔する
最後の別れをしたらしたくても出来ないからな
あれ?おかしいかな?って戸惑ってしないと後悔する
最後の別れをしたらしたくても出来ないからな
405: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/10/27(水) 21:30:59
>>402
> 永眠した妻と添い寝するのは狂気なのかな?
> 床の間で二晩、一緒に寝たよ
変じゃないよ。
俺の父も、なき母と葬式までの二晩いっしょの部屋で寝てたよ。
添い寝じゃないが。
> 永眠した妻と添い寝するのは狂気なのかな?
> 床の間で二晩、一緒に寝たよ
変じゃないよ。
俺の父も、なき母と葬式までの二晩いっしょの部屋で寝てたよ。
添い寝じゃないが。
406: 334 2010/10/27(水) 22:03:19
通夜が始まり、友人知人たちが沢山来てくれた。
妻の好きだったミニーの気ぐるみパジャマを着せ
(妻との約束)ミッキーとミニーのブライダルペアマスコットを添えてあげた。
それも父は気に食わないらしい。
通夜が終わって、僕の友人が残ってまで力づけようとしてくれていた。
義兄は来てくれていた。義母は来なかった。
遺影選びで不貞腐れた父は、通夜が終わるとさっさと自宅へ戻り、酒を飲んでいるらしい。
僕の友人たちは義兄と面識が無い。当たり前の話だが。
その友人たちに義兄が絡んだ(素面なのに)。
「お前ら、何人の顔ジロジロ見とるんじゃ!!」まるでヤ○ザの因縁である。
二者を隔離して、友人たちに詫びた。
喪主はとにかく忙しい。悲しんでいる暇すらなく、目まぐるしく立ち回る。
すると自宅に戻っていてくれた弟夫婦と何かあったらしく、
弟に父が切れ、取っ組み合いの喧嘩をした後、家を飛び出した、との電話。
飲みに出掛けたらしい。
じっと妻の傍で静かに悲しみをこらえる息子だけは、そっとしておいてやりたかったので、
それにのみ気を配り、後は機械的に動いていた。
妻の好きだったミニーの気ぐるみパジャマを着せ
(妻との約束)ミッキーとミニーのブライダルペアマスコットを添えてあげた。
それも父は気に食わないらしい。
通夜が終わって、僕の友人が残ってまで力づけようとしてくれていた。
義兄は来てくれていた。義母は来なかった。
遺影選びで不貞腐れた父は、通夜が終わるとさっさと自宅へ戻り、酒を飲んでいるらしい。
僕の友人たちは義兄と面識が無い。当たり前の話だが。
その友人たちに義兄が絡んだ(素面なのに)。
「お前ら、何人の顔ジロジロ見とるんじゃ!!」まるでヤ○ザの因縁である。
二者を隔離して、友人たちに詫びた。
喪主はとにかく忙しい。悲しんでいる暇すらなく、目まぐるしく立ち回る。
すると自宅に戻っていてくれた弟夫婦と何かあったらしく、
弟に父が切れ、取っ組み合いの喧嘩をした後、家を飛び出した、との電話。
飲みに出掛けたらしい。
じっと妻の傍で静かに悲しみをこらえる息子だけは、そっとしておいてやりたかったので、
それにのみ気を配り、後は機械的に動いていた。
407: 334 2010/10/27(水) 22:07:38
夜が明けて告別式。
やっと義母も来てくれた。
父は親類縁者たちに孫の自慢をしたいらしく、やたらと息子を色々連れまわそうとする。
僕と息子はお越し下さったお客様たちに入り口でご挨拶をしなければならない、といっても、不服そうに睨み付ける。今は余り家族間で揉めたくは無い。
出棺の際、最後のお別れで、息子が泣きながら大きな声で、
「僕がこんな病気をこの世から無くしてやるんだ!」と言ったのが今も耳に残っている。
彼の最大のモチベーションとなることを願っている。
告別式が終わって斎場へ向かう。とうとうお別れだ。
火葬される前にもう一目妻を見た。そしてその頬に手を添えた。
さようなら、僅か15年余りの結婚生活ではあったが、ありがとう。
もうこの手に君を抱くことも出来ないが、ずっと傍に居て欲しい。
息子を授けてくれてありがとう。幸せにしてあげられなくてごめんな。
もう苦しくも痛くも無い所へ行くんだね。
もう暫くしたら、僕もそちらに行くから、そのときはまた一緒に居てくれるかい?
火葬場の扉が閉じられ、着火されるのが判ると、僕はその場に膝を落として、静かに泣いた。
僕の妻は、灰になってしまった。
骨拾いのときに、僕はこっそりと小指の骨であろう一片をそっと包みに入れた。
通夜のときに清拭業者に頼んで分けてもらった遺髪と共に、その遺骨は
今僕の持ち歩く小さなポーチに入っている。
逢えなくて寂しい。声が聴けないのが寂しい。
共に笑えないのが寂しい。成長していく息子を共に見れないのが悲しい。
さようなら、僕の妻。
こうして、妻は旅立っていった。
やっと義母も来てくれた。
父は親類縁者たちに孫の自慢をしたいらしく、やたらと息子を色々連れまわそうとする。
僕と息子はお越し下さったお客様たちに入り口でご挨拶をしなければならない、といっても、不服そうに睨み付ける。今は余り家族間で揉めたくは無い。
出棺の際、最後のお別れで、息子が泣きながら大きな声で、
「僕がこんな病気をこの世から無くしてやるんだ!」と言ったのが今も耳に残っている。
彼の最大のモチベーションとなることを願っている。
告別式が終わって斎場へ向かう。とうとうお別れだ。
火葬される前にもう一目妻を見た。そしてその頬に手を添えた。
さようなら、僅か15年余りの結婚生活ではあったが、ありがとう。
もうこの手に君を抱くことも出来ないが、ずっと傍に居て欲しい。
息子を授けてくれてありがとう。幸せにしてあげられなくてごめんな。
もう苦しくも痛くも無い所へ行くんだね。
もう暫くしたら、僕もそちらに行くから、そのときはまた一緒に居てくれるかい?
火葬場の扉が閉じられ、着火されるのが判ると、僕はその場に膝を落として、静かに泣いた。
僕の妻は、灰になってしまった。
骨拾いのときに、僕はこっそりと小指の骨であろう一片をそっと包みに入れた。
通夜のときに清拭業者に頼んで分けてもらった遺髪と共に、その遺骨は
今僕の持ち歩く小さなポーチに入っている。
逢えなくて寂しい。声が聴けないのが寂しい。
共に笑えないのが寂しい。成長していく息子を共に見れないのが悲しい。
さようなら、僕の妻。
こうして、妻は旅立っていった。
408: 334 2010/10/27(水) 22:17:21
皆さん、こんなただ長ったらしい話にお付き合い下さって有難うございました。
書きながらどうしても涙が出てきて仕方ありません。
妻の居ない生活も2年半が過ぎようとしていますが、その間にも色々なことがありました。
その中で、自分の父が自己愛性人格障害者であることや、
息子がそれに影響されて良くない傾向にあることなど、
まだまだ吐き出したいのが正直な気持ちです。
でも、もしかするとそれらの内容はスレチかも知れません。
ですから、この続きをどうしようか悩んでいます。
今現在の地獄のような生活は、まさにこの期間のことなのですから。
今日はこれで家事に帰ります。
長い稚拙な駄文にお付き合い下さり、有難うございました。
書きながらどうしても涙が出てきて仕方ありません。
妻の居ない生活も2年半が過ぎようとしていますが、その間にも色々なことがありました。
その中で、自分の父が自己愛性人格障害者であることや、
息子がそれに影響されて良くない傾向にあることなど、
まだまだ吐き出したいのが正直な気持ちです。
でも、もしかするとそれらの内容はスレチかも知れません。
ですから、この続きをどうしようか悩んでいます。
今現在の地獄のような生活は、まさにこの期間のことなのですから。
今日はこれで家事に帰ります。
長い稚拙な駄文にお付き合い下さり、有難うございました。
410: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/10/27(水) 22:51:07
息子心配だな
411: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/10/27(水) 22:59:53
お疲れさん
現在のことについては家庭板や育児板などに
吐いたり相談できるスレがあるんじゃないかな
気団にも該当スレあるかもしれないし
人生相談板もある
おこがましいかもしれないが
>>334が嫁さんにしてあげたことはベストだったと思うよ
現在のことについては家庭板や育児板などに
吐いたり相談できるスレがあるんじゃないかな
気団にも該当スレあるかもしれないし
人生相談板もある
おこがましいかもしれないが
>>334が嫁さんにしてあげたことはベストだったと思うよ
412: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/10/27(水) 23:01:53
>>408
334氏、すべて読んだから。
奥様の冥福をお祈りします。
334氏、すべて読んだから。
奥様の冥福をお祈りします。
413: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/10/27(水) 23:18:57
>>408
父親と息子のことは、役所か福祉事務所に相談しろ
一人で解決しようと思うなよな
父親と息子のことは、役所か福祉事務所に相談しろ
一人で解決しようと思うなよな
414: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/10/27(水) 23:55:56
>>408
ここで吐き出したければ吐き出せよ。
少なくとも、おまいさん1人で戦うよりはここで吐け。
スレチなんて叩く奴はいないはずだ。
ここで吐き出したければ吐き出せよ。
少なくとも、おまいさん1人で戦うよりはここで吐け。
スレチなんて叩く奴はいないはずだ。
415: 334 2010/10/28(木) 21:31:05
皆さん、温かいお言葉、ありがとうございます。
結局、妻の葬儀関係(その後の経費も含めて)では、合計300万以上掛かってしまった。
互助会のようなものには入っていたにも拘らず、なんかオプションが付く度に跳ね上がっていく。
更に、家の宗旨は仏教ではない為、オプション扱いで何かと高いものばかりだった。
葬儀を司る祭司(仏教で言うお坊さん)に、あんなに費用が掛かるものとは想定外だった。
母親のときは、医療を含む損害保険や、生命保険のおかげで、
手元から出て行くお金はそんなにも無かったのだが、
妻の場合は、損保も生保も無い上に弔問客も沢山来てくれたので
(会場にも入りきれないほど)、規模としては大きなものになってしまった。
中には逢ったことも無い親戚(妻側)とか、
名前すら聴いたことの無い親戚も来て、何かと出て行くものが多かった。
仏教で言うところの四十九日にあたる法事が終わって納骨となった折も、
お墓に名前を刻んでもらったり、祭司に来てもらったりと
何かと出て行く費用は馬鹿にならなかった。
ここからは、正直、僕の甲斐性が無い、ただ単に稼ぎが悪いことから来るものだ、と猛省している。
収支がだんだんと狂ってきた。
出来る手立ては手を尽くした。自分が仕事で居ない間の父の浪費が痛かった。
いわゆる、エコとは真逆の行動である。
光熱費は倍以上に上がった。後でわかったことだが、男3人になってしまった当初、
夕飯は父にお願いをしていた。今思えば、大きな間違いだった。
息子には父が固く口止めしていたらしいが、夕飯の殆どがレトルトか牛丼、
そしてスーパーの弁当のローテーション。これでは駄目だ、と思った僕は、
仲の良い従兄を通して、妻側の遠い親戚にあたる隣町に住む女性に、
夕飯時のお手伝いを頼むことが出来た。
その女性は、DV被害から逃れ、親と住んでいたので、快諾してくれた。
それがあんなことになろうとは。
結局、妻の葬儀関係(その後の経費も含めて)では、合計300万以上掛かってしまった。
互助会のようなものには入っていたにも拘らず、なんかオプションが付く度に跳ね上がっていく。
更に、家の宗旨は仏教ではない為、オプション扱いで何かと高いものばかりだった。
葬儀を司る祭司(仏教で言うお坊さん)に、あんなに費用が掛かるものとは想定外だった。
母親のときは、医療を含む損害保険や、生命保険のおかげで、
手元から出て行くお金はそんなにも無かったのだが、
妻の場合は、損保も生保も無い上に弔問客も沢山来てくれたので
(会場にも入りきれないほど)、規模としては大きなものになってしまった。
中には逢ったことも無い親戚(妻側)とか、
名前すら聴いたことの無い親戚も来て、何かと出て行くものが多かった。
仏教で言うところの四十九日にあたる法事が終わって納骨となった折も、
お墓に名前を刻んでもらったり、祭司に来てもらったりと
何かと出て行く費用は馬鹿にならなかった。
ここからは、正直、僕の甲斐性が無い、ただ単に稼ぎが悪いことから来るものだ、と猛省している。
収支がだんだんと狂ってきた。
出来る手立ては手を尽くした。自分が仕事で居ない間の父の浪費が痛かった。
いわゆる、エコとは真逆の行動である。
光熱費は倍以上に上がった。後でわかったことだが、男3人になってしまった当初、
夕飯は父にお願いをしていた。今思えば、大きな間違いだった。
息子には父が固く口止めしていたらしいが、夕飯の殆どがレトルトか牛丼、
そしてスーパーの弁当のローテーション。これでは駄目だ、と思った僕は、
仲の良い従兄を通して、妻側の遠い親戚にあたる隣町に住む女性に、
夕飯時のお手伝いを頼むことが出来た。
その女性は、DV被害から逃れ、親と住んでいたので、快諾してくれた。
それがあんなことになろうとは。
416: 334 2010/10/28(木) 21:53:35
父は昔からよく僕たちに云っていた。それこそ耳タコレベルで。
父は幼い頃、大きな家に住んでいて、そこには使用人もいて、自分は何もしなくてよかったと。
しかしあの戦いが全てをワシから奪ったんじゃ、と。家も家族も裕福な暮らしも。
彼は、自分にその才能があったにも拘らず、孤児院に身を寄せるしかなくなって、
結果、中学までしか通わせてもらえなかった、と。
中卒の所為で自分は、お前らには想像も出来ん苦労を味わったんじゃ、
と何度も同じ話を聞かされていた。
ワシをそんな風にしたあの戦いが憎い。あの時代が憎い。
そして何より、先見の明なく家族をばらばらにしてしまった
父親(僕の祖父:僕は写真でしか知らない)が憎くてたまらない。
父親の所為で、ワシはほんの9歳で、母親を失ったんじゃからのー!と
そして自分は、その裕福な時代、祖母にはものすごく可愛がられた、とも。
戦前の頃で、直系嫡子なのだから、よくある話だとは思っているが、
その全ての要素が、彼の、いわば「自己愛」フィルターによって
捻じ曲げられた思い出と解釈に変換されてしまっているのだ。
かわいそうな人だ、と思う。哀れですらある。
しかし、その父親に対する憎悪が、あんな形で僕に降りかかろうとは思いもしなかった。
どうやら、彼の中では、「父親は息子にひどいことをした」というのが
定着していて、その所為で彼は僕にどんな酷いことをしたとしても
彼がその父から受けたことに比べれば甘いもの、なんだそうだ。
だから、彼はことごとく僕のやることなすことに逆らうのだ。
(僕には弟がいるのだが、結婚して家から出ているので、何ら近づこうとはしない。)
そして、孫は溺愛する。僕がいくら息子を自立できるように
厳しく指導しようとしても、安易な助け舟を出して台無しにしてしまう。
このままでは息子は、父のコピーとなってしまう。
だから僕は、件の女性を招いたのだ。何より、息子が学校から帰宅した折に
「おかえり」と言ってくれる女性の声があることの和やかさ。
男3人で1年過ごしてみて、息子がそれを渇望していることが見て取れた僕は、
ちゃんとパート代に相当する費用を払って来て貰えるようにした。
当初は、息子も非常に喜び、よく懐いていた。
その女性も、残した息子と同じような年齢の息子を重ねるように接してくれていた。
しかし、父は大きな勘違いをしていた。
父は幼い頃、大きな家に住んでいて、そこには使用人もいて、自分は何もしなくてよかったと。
しかしあの戦いが全てをワシから奪ったんじゃ、と。家も家族も裕福な暮らしも。
彼は、自分にその才能があったにも拘らず、孤児院に身を寄せるしかなくなって、
結果、中学までしか通わせてもらえなかった、と。
中卒の所為で自分は、お前らには想像も出来ん苦労を味わったんじゃ、
と何度も同じ話を聞かされていた。
ワシをそんな風にしたあの戦いが憎い。あの時代が憎い。
そして何より、先見の明なく家族をばらばらにしてしまった
父親(僕の祖父:僕は写真でしか知らない)が憎くてたまらない。
父親の所為で、ワシはほんの9歳で、母親を失ったんじゃからのー!と
そして自分は、その裕福な時代、祖母にはものすごく可愛がられた、とも。
戦前の頃で、直系嫡子なのだから、よくある話だとは思っているが、
その全ての要素が、彼の、いわば「自己愛」フィルターによって
捻じ曲げられた思い出と解釈に変換されてしまっているのだ。
かわいそうな人だ、と思う。哀れですらある。
しかし、その父親に対する憎悪が、あんな形で僕に降りかかろうとは思いもしなかった。
どうやら、彼の中では、「父親は息子にひどいことをした」というのが
定着していて、その所為で彼は僕にどんな酷いことをしたとしても
彼がその父から受けたことに比べれば甘いもの、なんだそうだ。
だから、彼はことごとく僕のやることなすことに逆らうのだ。
(僕には弟がいるのだが、結婚して家から出ているので、何ら近づこうとはしない。)
そして、孫は溺愛する。僕がいくら息子を自立できるように
厳しく指導しようとしても、安易な助け舟を出して台無しにしてしまう。
このままでは息子は、父のコピーとなってしまう。
だから僕は、件の女性を招いたのだ。何より、息子が学校から帰宅した折に
「おかえり」と言ってくれる女性の声があることの和やかさ。
男3人で1年過ごしてみて、息子がそれを渇望していることが見て取れた僕は、
ちゃんとパート代に相当する費用を払って来て貰えるようにした。
当初は、息子も非常に喜び、よく懐いていた。
その女性も、残した息子と同じような年齢の息子を重ねるように接してくれていた。
しかし、父は大きな勘違いをしていた。
417: 334 2010/10/28(木) 22:30:38
父は、息子のために来てもらって夕食のお世話をしてくれるその女性を、
自分の為に来たお手伝いさんだ、と思っていた(る)ようだ。
裕福な家に育った時代の、使用人だとも思いこんだっぽい。
そしてあろうことか、その女性に手を出そうとまでしたのである。
幸い、未遂に終わったが、その話を聞いて、
僕は即刻、その女性に詫び、来てもらうことを止めて貰った。
そのことが、父にとっては、せっかく自分にあてがわれた女を、
息子である僕が引き剥がした、と解釈したのである。
「オマエまでもがワシから何もかも奪うんか!?」と罵倒された。
「やはりこの世に信じられるものは居らん。みんなが敵じゃ!」と。
自分の為に来たお手伝いさんだ、と思っていた(る)ようだ。
裕福な家に育った時代の、使用人だとも思いこんだっぽい。
そしてあろうことか、その女性に手を出そうとまでしたのである。
幸い、未遂に終わったが、その話を聞いて、
僕は即刻、その女性に詫び、来てもらうことを止めて貰った。
そのことが、父にとっては、せっかく自分にあてがわれた女を、
息子である僕が引き剥がした、と解釈したのである。
「オマエまでもがワシから何もかも奪うんか!?」と罵倒された。
「やはりこの世に信じられるものは居らん。みんなが敵じゃ!」と。
418: 334 2010/10/28(木) 22:32:25
僕は今でも朝5時に起きて子供の弁当と父と息子の朝食を作り、
子供が学校に出掛けた後(その間も父は呑みながら3時間掛けて朝食をとる)、
仕掛けておいた洗濯物を干し、その後、洗い物や掃除をした後、父の昼食を作り、
彼がまたもや飲みながら昼食を2時間くらい掛けてとっている間に、父と息子の夕食を調理し、
後はレンジで温めるだけ、と言う状態にして仕事に出掛ける。
10時ごろに仕事が終わると、
帰路途中にある深夜も開いているスーパーで割引商品などを選んで購入し、
帰ったら、山のように積み上げられている昼食と夕食の洗い物を片付けて、
浴槽のお湯を洗濯機にバケツで移した後、朝に仕上がるように洗濯機をセットし、
寝るのは早くて1時、遅くなると3時くらいになる毎日だ。
何度説明しても彼らに節約とかエコの概念がないので、
節約できるところは僕が削っていくしかないのだ。
それでも、電気水道ガスを、まさに湯水の如く使う父。
米は新米のコシヒカリでないと機嫌が悪くなり、それでも食べるかどうかもそのときの気分しだい。
余ったご飯を冷凍保存しても、冷凍米は不味いから、と食べない。
無駄をなくするために、少なめに炊くと、僕の食べる分が必然的になくなる。
おかげで糖尿の良い対策にはなっているが。
ただ、それでも足りない費用は、僕が自分の保険を解約したり、
手持ちのコレクションを売ったりして凌いで来たが、
そろそろ僕も疲れた。
息子が当初の目標どおり東京に進学し、もし父も居なくなったら、
この家を僕独りで住む意味を見出さなくなった。
本当は今すぐにでも蒸発したいくらいだが、妻との約束がある。
息子を一人前にして初めて、その約束を果たしたことになる。
父は、僕を使用人としか思っていないようだ。
彼らが用意した普通の食事をしている間、僕は洗い物や彼らの次の食事の準備をしている。
僕が食事を取らないのが普通になっているようだ。
おかげで、妻をなくしてから30キロほど減量できた。
もとは太めだったからなあ。
自分が食べない米を研ぎ、自分が食べない食事を作り、
自分が殆ど居住していない家の支払い・掃除、メンテをし、
世のお母さん方がある日突然の蒸発願望を抱くこともあることを、今実感している。
子供が学校に出掛けた後(その間も父は呑みながら3時間掛けて朝食をとる)、
仕掛けておいた洗濯物を干し、その後、洗い物や掃除をした後、父の昼食を作り、
彼がまたもや飲みながら昼食を2時間くらい掛けてとっている間に、父と息子の夕食を調理し、
後はレンジで温めるだけ、と言う状態にして仕事に出掛ける。
10時ごろに仕事が終わると、
帰路途中にある深夜も開いているスーパーで割引商品などを選んで購入し、
帰ったら、山のように積み上げられている昼食と夕食の洗い物を片付けて、
浴槽のお湯を洗濯機にバケツで移した後、朝に仕上がるように洗濯機をセットし、
寝るのは早くて1時、遅くなると3時くらいになる毎日だ。
何度説明しても彼らに節約とかエコの概念がないので、
節約できるところは僕が削っていくしかないのだ。
それでも、電気水道ガスを、まさに湯水の如く使う父。
米は新米のコシヒカリでないと機嫌が悪くなり、それでも食べるかどうかもそのときの気分しだい。
余ったご飯を冷凍保存しても、冷凍米は不味いから、と食べない。
無駄をなくするために、少なめに炊くと、僕の食べる分が必然的になくなる。
おかげで糖尿の良い対策にはなっているが。
ただ、それでも足りない費用は、僕が自分の保険を解約したり、
手持ちのコレクションを売ったりして凌いで来たが、
そろそろ僕も疲れた。
息子が当初の目標どおり東京に進学し、もし父も居なくなったら、
この家を僕独りで住む意味を見出さなくなった。
本当は今すぐにでも蒸発したいくらいだが、妻との約束がある。
息子を一人前にして初めて、その約束を果たしたことになる。
父は、僕を使用人としか思っていないようだ。
彼らが用意した普通の食事をしている間、僕は洗い物や彼らの次の食事の準備をしている。
僕が食事を取らないのが普通になっているようだ。
おかげで、妻をなくしてから30キロほど減量できた。
もとは太めだったからなあ。
自分が食べない米を研ぎ、自分が食べない食事を作り、
自分が殆ど居住していない家の支払い・掃除、メンテをし、
世のお母さん方がある日突然の蒸発願望を抱くこともあることを、今実感している。
419: 334 2010/10/28(木) 22:33:26
最後は、ただの愚痴になってしまいましたが、これでもし、義母がどうにかなってしまったら、
義兄の世話も僕がしなければならなくなるのです。
何の為の人生なのか、判らなくなってしまっているのが今です。
奥様を失ってしまわれた諸兄の方々、こんなヘタレも居るのです。
なんか、変な終わり方でごめんなさい。鬱かも知れませんね。
ハッピーエンドでなくて、申し訳ありませんでした。
このスレは、心が折れそうになったら、また覗かせて下さいね。
さようなら、皆さん。今まで有難うございました。
義兄の世話も僕がしなければならなくなるのです。
何の為の人生なのか、判らなくなってしまっているのが今です。
奥様を失ってしまわれた諸兄の方々、こんなヘタレも居るのです。
なんか、変な終わり方でごめんなさい。鬱かも知れませんね。
ハッピーエンドでなくて、申し訳ありませんでした。
このスレは、心が折れそうになったら、また覗かせて下さいね。
さようなら、皆さん。今まで有難うございました。
420: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/10/28(木) 22:54:43
お疲れ様
422: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/10/29(金) 01:36:29
父親捨てろと背中押されたくて来たんだろうからはっきり言う
追い出せないなら施設なり入れてしまえ、金はかかってもいいじゃないか?
はっきりいうが10年後を考えると子供に全力投球しないと先がない
先がないというのは子供自身だよ、そんなの見てて結婚とかできるか?
普通の生活に幸せがないって思い込んでるだろう
そしてきっと自分も父親にああしないといけないと思い込んでるだろう
全部抱え込んで自分はそれでいいが、本当の家族の単位である息子が気の毒だ
きっと心の中で自分の地位の低さに泣いて育ったんだろう
今からでも遅くないから本当の家族を大切にしろ
義理は義理なんだから背負い込みすぎるな所詮他人だ…
嫁はシんでないが言わせて貰った
(※前話は、コチラから!)
【前編】がん治療中の妻に…父『退院したんだろ?家事ちゃんとやれ!』妻「(ウトに、なき母に託されていたある言葉を話した)」 →結果、妻から笑顔が消えて・・
追い出せないなら施設なり入れてしまえ、金はかかってもいいじゃないか?
はっきりいうが10年後を考えると子供に全力投球しないと先がない
先がないというのは子供自身だよ、そんなの見てて結婚とかできるか?
普通の生活に幸せがないって思い込んでるだろう
そしてきっと自分も父親にああしないといけないと思い込んでるだろう
全部抱え込んで自分はそれでいいが、本当の家族の単位である息子が気の毒だ
きっと心の中で自分の地位の低さに泣いて育ったんだろう
今からでも遅くないから本当の家族を大切にしろ
義理は義理なんだから背負い込みすぎるな所詮他人だ…
嫁はシんでないが言わせて貰った
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コメント一覧
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2.
- 2019年01月16日 01:28
- どうにかしようとすればどうにかなった話だよなあ
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3.
- 2019年01月16日 01:28
- 子供の伏線どこいったの?
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4.
- 2019年01月16日 01:31
-
実話でもネタでもどっちでもいいけど感傷的な言葉で飾り立てた文章と逐一書き取って置いたかのような「」付きの長台詞がうそら寒い
俺ちゃんてば悲劇映画かドラマの主人公みたいな
平E堅の瞳を閉じてとか聞きながら自分に酔って文章打ってそう
-
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5.
- 2019年01月16日 02:19
-
父親を捨てられない気持ちはわかるんだ。自分もそうだ。
子や他の兄弟に負担がいくことを想定すると、自分がストッパーにならなければと
やめられない。私は施設に入れたけど他の兄弟は誰も施設に面会すら行かない。
ただ、義兄みなくちゃいけないってそんなわけない。知りません、出来ませんと
切り捨てていいし、義務なんてないのにね。
-
-
6.
- 2019年01月16日 02:20
-
結局、自分の父親と共依存なんじゃない。
イライラしてしまった。
こんなに頑張ってこんなに可哀想なんだよってアピールしているようにしかみえない。
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7.
- 2019年01月16日 02:46
- 自分に酔いしれている文体が嫌
-
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8.
- 2019年01月16日 02:47
-
えっと…なに?不幸続きで奴隷根性染み付いた僕だけどがんばってるお!ってだけ?
しゅごいばか
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9.
- 2019年01月16日 02:49
- 馬鹿でアホな報告者ですな
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10.
- 2019年01月16日 03:27
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落ち着いてて偉いな
話題にするのも年単位で無理だった
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11.
- 2019年01月16日 03:44
-
自分が悪人になりたく無いだけだよね
その上、息子に父の悪影響が…て、自分の悪影響の間違いでしょ
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12.
- 2019年01月16日 04:20
- ど田舎の話なんかな
-
-
13.
- 2019年01月16日 04:21
- 報告者にイライラしてた気持ちがコメ欄でスッキリした
-
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14.
- 2019年01月16日 04:38
- 息子はクソジジイに男尊女卑のエリート教育されてるからお察し人生やろな
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15.
- 2019年01月16日 05:13
-
父親病院に強制連行して病名つけて貰って入院させるか施設に入れるかしないと子供の学費食いつぶされるよ。
いくら最愛の妻の兄でも、高齢毒まっしぐらの義兄なんか今後関与しなくても誰も何も言わないし、放っておけよ。
刷り込みされた息子が心配って言うけど、報告者は父親の言葉を肯定してしまうような背中なんか見せてないんだし、そこじゃない。
父親の飼育に忙サツされて、息子に愛情示したり毒祖父から守ってくれなくなったら息子から見放されるんだって自覚して行動にうつしなよ。
-
-
16.
- 2019年01月16日 06:45
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>>4
男の文章力なんてそんなもんよ
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-
17.
- 2019年01月16日 07:21
-
毒父のことを書きたいのか、
妻のことを書きたいのか、
子供のことを書きたいのか、
内容がとっちらかっていて、
結局、可哀想な僕でしょなんだな。
-
-
18.
- 2019年01月16日 07:27
-
奥さんが余命半年を10倍以上に伸ばせたのは、この家に子供を置いて死なないと思ったからだろうな。本当によく頑張りましたねと思う。
ただ、アルコール依存症の父親を放置プレイしてる奴隷根性の染み付いた報告者…。子供はもう大学に入る歳だが、どうなってることやら。子供を大学に入れて報告者が父親を捨てるビジョンが全然見えないなと思う。
-
-
19.
- 2019年01月16日 07:39
-
>>13
全くだ早くこの父親捨ててれば嫁さんも楽だったろうに。はっちゃけすぎだ。
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-
20.
- 2019年01月16日 08:06
- シぬほど読みにくい、誰が3行で
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21.
- 2019年01月16日 08:41
-
ミニーの着ぐるみとか
自分だったらかなりイヤだわ
-
-
22.
- 2019年01月16日 09:48
-
結局自分は親と離れられずに妻を早死にさせました、って話でいいのかな?
なんじゃこの人。
-
-
23.
- 2019年01月16日 09:52
-
人間はさぁ精神的に追い詰められたら本当にガンになるのよ
免疫力が負けちゃうの
嫁さんが一人で父親の毒を受けてたから病気になったんだよ
報告者は仕事で忙しいって家庭から逃げてても妻がシんだら家事もできるんじゃん
父親のことも息子のことも生前手を抜いた報いを受けてるだけだろばーか
-
-
24.
- 2019年01月16日 10:04
-
>>23
これだよね。
嫁が病気になった原因の一部はこのポンコツ亭主のせいだろ。
嫁いびりが始まった時点で同居なんか解消して出てけば良かったんだよ。
嫁を生贄にしてたのは誰だよ。
-
-
25.
- 2019年01月16日 10:53
-
現在進行形で毒親じゃねーか
ポエマー気取ってる場合じゃねえだろ気持ち悪い
これだから男はと言わざるを得ない
-
-
26.
- 2019年01月16日 11:18
-
妻が病気になっても子供が父親に洗脳されても
挙句妻が死んでも何一つ解決しようとしなかったのに
自分に害が及んで初めてぶつぶつ言い始めるww
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-
27.
- 2019年01月16日 11:59
-
何で義兄の世話するつもりでいるんだこの人は
姻族関係終了届出して終わりにしろ
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28.
- 2019年01月16日 12:52
-
これが本当の話なら報告者も自己愛パーソナリティ障害持ちの劇場型にしか見えない
思考停止してるにもほどがある
子供が可愛いならもっと頭働かせて父親と距離とって決別しろよ
-
-
29.
- 2019年01月16日 13:43
- こんだけの悦に入った文章書く暇があるんだから、たいして忙しくもなさそう。
-
-
30.
- 2019年01月16日 16:32
-
すごい奴隷根性w
義母やら義兄やらの面倒まで看るつもりなんて、それもう好きでやってる単なるドМじゃんw
-
-
31.
- 2019年01月16日 17:42
-
じじい切らない自分がすべての原因
悲劇のヒーロー気取ってる1が最大の害悪で毒親
こんなバカいるんだねービックリ
-
-
32.
- 2019年01月16日 18:58
-
今は、クソジジイを見捨てて、福祉の力も借りて、
せめて人としての幸せをそこそこ感じられる生活ができているといいけど。
…無事に生きておられるんだろうか。
-
-
33.
- 2019年01月16日 20:48
-
私はあらゆる不幸を一身に受けてます。けど何もしません。現状維持です。
これは、奥さん「が」縛られるわ。
-
-
34.
- 2019年01月17日 02:09
- 責任持って糞父絞めろや、疫病神が嫁殺したんだろ
-
-
35.
- 2019年01月18日 19:37
-
※4台詞がうそら寒い
うそらではなくて「うすら寒い」ね。
-
-
36.
- 2019年01月19日 10:49
-
報告者が妻と子供を守るために、父親を切り捨てさえすれば良かっただけの話なんだよね。
確かに大変なのは理解できるけど、報告者が家庭と自営の仕事で頑張ってる私に酔ってて根源的な解決してれば違った結末になったと思う。
とはいえ、なくなった奥様には冥福を、報告者と子供には幸せになってもらいたいって気持ちはあります。
-
-
37.
- 2019年01月20日 16:34
-
父親を嫁に押し付けなきゃ、嫁もガンにもっと早く気づけたろうな
本人にも父親の悪い影響があるって自分でも書いてるから、一緒にいる時間が長い息子が心配
-
-
38.
- 2019年01月21日 00:26
-
本文を読む前にコメント確認した自分の危機管理能力を褒めてやりたい
そして時間を犠牲にしてこれを最後まで読みコメントを書いてくださった皆さんに感謝する
-
-
39.
- 2019年01月21日 21:02
- どんな言い訳をしようとも、妻と子供より父親を選んだクズにしか見えない。
-
-
40.
- 2019年01月22日 22:49
-
この話が事実ならばこの人自身が父親への承認欲求にまみれてると思う。
自分が父親になったんだからこれ以上惨めったらしい考えは持たんでほしいわ。
辛い思いもたくさんしてきたと思う。
けど頑張れよ。
-
-
41.
- 2019年01月24日 00:53
-
>>1
結果論で外野が責めんなや
お母さんがなくなって直ぐに奥さんの癌が発見されたんだから無理言うな
-
-
42.
- 2019年01月24日 00:54
-
>>2
じゃあ具体的には?
-
-
43.
- 2019年01月24日 00:56
-
>>11
は?
-
-
44.
- 2019年01月24日 00:57
-
>>9
ん?どこが?
-
-
45.
- 2019年01月24日 01:01
-
>>17
論点が複数あると君の理解力超えるんだね
分からないなら読まなくて良いよ
例え読んでもコメントしなくて良いよ
-
-
46.
- 2019年01月24日 01:06
-
>>22
余命宣告より遥かに長生きしたんだが…
自営業でガッツリ稼いで、可能な限りの治療受けさせて、奥さんの看病して、子供の世話して、アル中ジジイの介護してんだけど…
理解出来ないの?
-
-
47.
- 2019年01月24日 01:08
-
>>24
嫁いびりで癌になるって…www
おい!このポンコツが!!
-
-
48.
- 2019年01月24日 01:09
-
>>25
どれだから男なの?
女だったらどうなるの?
-
-
49.
- 2019年01月24日 01:11
-
>>28
相当疲れてんでしょ?
冷静さが失われてると思うよ
-
-
50.
- 2019年01月24日 01:12
-
>>29
じゃあ、お前はどんだけ稼いでんの?
-
-
51.
- 2019年01月24日 06:20
-
>>40
承認欲求もあるだろうけど、根っから優しい人なんだと思うよ
姻族側の対応に憤慨しつつも憎んではいないしね
ここで一方的に糾弾してる人って何なんだろう?
自分は何もしないで「亡くなった奥さん可哀想、だから報告者がしなせたのも同じ」って無茶な当てこすり
病気は誰かのせいじゃない
-
-
52.
- 2019年01月24日 06:22
-
>>39
どちらも捨てなかっただけ
どっちかを選んだ訳じゃない
-
-
53.
- 2019年01月24日 06:36
-
>>37
奥さんは言わなかっただけだろ?
旦那の独立開業とかお母さんの病気とか重なったから
優しい人同士の夫婦ってお互い我慢し合うから似たような悲しい話はたまに聞く
-
-
54.
- 2019年01月24日 06:40
-
>>20
まずは自分の読解力上げろ
-
-
55.
- 2019年01月24日 06:42
-
>>13
不同意
-
-
56.
- 2019年01月24日 06:48
-
>>5
そうだよね
報告者は優しい人だからなかなか誰も切り捨てられないんだろうね
不幸続きで疲弊してるだろうから少し落ち着いたら冷静な決断をして貰いないね
-
-
57.
- 2019年01月28日 13:51
-
あんなことになろうとはこの時は知る由もなかった…
という伏線を散らかすだけ散らかして片付けていかなかったなwww
-
-
58.
- 2019年02月03日 03:08
- アル中の親父に、度数の高い酒ケースで買ってきて与えられるような人間だったらよかったのにな
-
-
59.
- 2019年02月08日 02:11
-
さっさとうるさい親父は捨てとけばよかったのに
一人で生きてける爺さんだよ
-
-
60.
- 2019年02月11日 14:32
-
これ、他のとこでも読んだぞ。どこでも「親父が悪い! それを切れなかった投稿者も同罪!」のフルボッコだった。その通りだと思う。
とにかく自己陶酔でダラダラくそな長文書いてるのがウザい。ここまで書けるなら案外暇なんじゃないのか? 元作家(純文学系)志望のジジイか?
あと全レスしてるのは、本人か、同レベルのかまってちゃんか? ずいぶんと自分を認めてくれない現実に不満があるようだが(笑)。
-
-
61.
- 2019年02月16日 17:06
-
この報告者、長くだらだら書き散らしている割には問題のほうはなにも解決していないっていうwww
そもそも解決する気ないだろ。
-
-
62.
- 2019年02月17日 17:36
-
>>42
父親と別居
-
-
63.
- 2019年02月17日 17:37
-
>>16
よく覚えてるもんだと思った。
-
-
64.
- 2019年02月17日 17:38
-
>>44
父親を一度でも殴ったか?
-
-
65.
- 2019年02月17日 17:40
-
>>45
父親の女、息子のずるさが未回収
-
-
66.
- 2019年02月17日 17:41
-
>>47
ストレスも要因
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67.
- 2019年02月17日 17:42
- 報告者がさらなる地獄へ落ちていくだけ、関わると運が落ちる。
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68.
- 2019年02月20日 13:46
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>>1 完全同意。糞ジジィをさっさと棄てるべきだった。ジジィが奥さんコロしたようなもんじゃん
何大人しく世話してんの?とイライラしたわ
このままジジィ置いといたら報告者もコロされるでしょ
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69.
- 2019年02月20日 13:48
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>>6 奥さんは共依存の犠牲になったようなものだよね
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70.
- 2019年02月20日 13:53
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>>13 同意
なんか※欄に報告者と同類の奴が湧いてる気がするわ
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71.
- 2019年02月20日 13:58
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>>51 連投お疲れ様
一貫して一人で報告者庇い続けてるけど、まさか報告者自身じゃないよね?
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72.
- 2019年02月20日 20:53
- こんなくそじじいと同居してたら余所のお嬢さんなんか一発でおかしくなるだろ
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73.
- 2019年02月22日 22:30
- 諸悪の根源は父親だとハッキリしてる。戦争の時代の人ならほぼ日本中の人が戦争に何らかを奪われた訳でクソジジィだけが特別不幸なんかじゃない。自己愛性人格障害だと解ってんなら切り捨てて、愛する嫁の残した大事な息子と生きるべきなのでは?
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74.
- 2019年02月25日 01:10
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この自己陶酔に酔いつぶれた文章が
父親(投稿者)と飲酒ジジイが正に親子だと言わしめているww
この共依存の腑抜け馬鹿父は嫁の他に息子まで飲酒ジジイの犠牲にするつもりか
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75.
- 2019年02月26日 04:15
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私も父、母をなくした者ですが(共に病シ)
間接的にとはいえ、そこまで追い込んだ人物はいまだに許せないし、許さない。
報告者さんのジジイもそれに限りなく近い。言う事も一緒。私もいまだに生きてる両親が夢に出て泣くよ。つーか、思い出しただけで泣く。
だから、そのジジイには檻のある病院で一人でお隠れになることを祈ります。
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76.
- 2019年02月28日 22:57
- >>56優しい人ではない、優しい自分に酔っている感じ
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77.
- 2019年03月01日 14:55
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どこか他のまとめサイトでも読んだけど、何で息子は家事なんもしないの?
全部報告者がやってこんなに大変ですこんなに頑張っているんですって、教えてやらせれば良い
父親(祖父)は人格障害者だから専門機関に任せて息子の自立(家事含)を促すべきなのに
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78.
- 2019年05月02日 13:01
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>>30
義母と義兄は姻族関係終了届で切ればいいのにね~
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79.
- 2019年05月12日 07:24
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誰も言わないし言えないみたいだから言ってやる
「そのくそじじいは捨ててしまえ」
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80.
- 2019年05月29日 03:36
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毒親も毒姻族も切れないただのエネやんけ
奥さんと息子さんが可哀想
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81.
- 2019年06月12日 04:52
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ジジイさえいなければ、もっと家族三人で寄り添って暮らしていけただろうに。
「文句があるなら出て行け!」って、早い段階で言えなかったかな。
人格障害の父親に、子供のころからどんなに自分が不幸だったか聞かされて育ったから
見放すのはかわいそうって洗脳されてたのかな。
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82.
- 2019年07月08日 14:53
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はあ?義兄の面倒見るだあ?
お前も息子を犠牲にする毒親かよ。
この偽善者!!
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83.
- 2019年10月01日 22:01
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>>76
優しい人は、取捨選択できるはず。
だから優しい人なら息子を取るはずなんだ。
この人は何も選べず、捨てられず、ただ声の大きな害悪どもの言いなりになり、潔く諦め、奴隷化し、それに息子まで売り渡すような男だと思う。
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84.
- 2020年01月03日 15:24
- この報告主は極め付きの欠陥品だな。酒浸りの父親なんぞ施設に放り込め。最初の時点でな。それが必要な判断だ。そうしたほうが家族も平和だったのにね。
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85.
- 2020年01月04日 00:23
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長い。
息子も甘やかせ過ぎ。
家事も息子にやらせなよ。
なんで洗い物くらいさせないの?
父親が食べないの平気とかおかしいでしょ。
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86.
- 2020年01月16日 16:57
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なんでクソを風呂に沈めないの?
酒浸りなんでしょ?
自分と我が子を守ったほうがいい。
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87.
- 2020年02月11日 15:53
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ほんっと読みづらい文章だったな〜概ね読み飛ばしたぜw
くそじじいを早く追い出していれば奥さんも病気にならなかったのではないかな…
例えじじいの持ち家だったとしてもだ、自称稼いでる自営だったのだからwww
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88.
- 2020年03月07日 19:14
- 結局、自分が父親を捨てられなくて嫁を苦しめただけの話しだよね。
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89.
- 2020年03月11日 22:49
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結局は自分で世話して父親も息子もダメにしてんじゃんね。
草。
疲れたんじゃなくて、お前が自分でやったことだろって。
おまけに義母が死んだら義兄の面倒も見なくちゃない?
誰がそんなこと決めたの?
お前だろw
1番自己愛性なのは主だよ。
シンデレラ症候群だね。
そうやって自分が被害者のつもりになってるけど1番加害者なのに気付いてないね。
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90.
- 2020年04月04日 01:49
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これが投稿されてからおおよそ10年か
息子さんが今幸せになれてればいいな
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91.
- 2020年05月11日 21:15
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ネタにしては文章力がなくてダラッダラ過ぎる。自分に酔い痴れてんじゃねえよ。
マジなら親父とコイツ〜息子まで、屑っぷりが遺伝してて地獄の様相。
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92.
- 2020年08月09日 22:24
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>>43
いやド正論だろ
報告者と同じ馬鹿なのか?
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93.
- 2020年08月09日 22:25
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>>45
ガガ
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94.
- 2020年08月29日 18:37
- 息子がズルさを身に付けたとか父に刷り込まれたとかの設定はどこへ?
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95.
- 2020年10月31日 18:53
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グダグダグダグダと中身のないことを延々と。
クソジジイ一匹始末すりゃ良かっただけだろうが、このド低能がァーッ!(グシャア)
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96.
- 2020年11月05日 23:33
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クソじじいはもう旅立ったのかしら?
施設にはぶち込めなかったのかね。
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97.
- 2020年12月22日 04:30
- 嫁はくそじじいと夫に殺されたんだな。
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98.
- 2021年04月13日 18:46
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>>11
父親は成人なんだかりほっとけばいいだけなのに
最優先するべきなのは息子
判断出来ないのはアホ
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99.
- 2021年08月04日 19:04
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>>41
結果論じゃないよ。
奥さんにとって父親が害になってると判った時に(遥か以前だわ(笑))
別居に踏み切りさえすればもっとマシな未来があった、これは確か。
要するにこの人は決断することが出来ない人。どんな苦しい状況でもその流れのままに漂い続ける。ある意味尋常じゃない我慢強さを持ってる(笑)
その証拠にこんな状況でも、義母なき後は義兄の面倒を見なくちゃいけないのか、とナチュラルに思ってる(笑)
どう考えてもそんな義理ないのに(笑)
もうね、ナチュラルボーン奴隷根性の人。
まぁ辛いんだけど、流されるままって案外楽な面もあるんよなー。
何も考えなくていい、何も始めなくていい、何のチャレンジもいらない。
ぬるま湯は意外と居心地がいい(笑)
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100.
- 2021年09月11日 07:33
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ちょうど別の記事で
キティな義弟嫁が誹謗中傷で逮捕された。
義弟は
揉めるのが面倒でキティな義弟嫁と付き合い、
揉めるのが面倒でキティな義弟嫁と結婚し
揉めるのが面倒でキティな義弟嫁が問題を起こすたびに引っ越しをし
揉めるのが面倒でキティな義弟嫁と暮らし続けてる
っていうの読んだけど、この義弟みたいな人なんだろう。
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101.
- 2021年10月06日 18:12
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この人は愚かだね
人は自分にできる事にしか責任はないんだよ
実父も義母も義兄も捨てて良い
息子だって母親の闘病開始時にはもう中学年、家庭によっては家事の中枢を担わざるを得ない子もいる年頃だ、やればできる、そしてしなければならない状況だった
投稿者が頑張るから皆が甘えた
もう逃げても良いよ
亡くなられた奥様については奇跡の延命でした
病は病として幸せな終焉だったと思います
息子を育て上げたら後は自分のために生きて欲しい
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102.
- 2021年11月05日 14:48
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頑張ってるのはわかるけれど
奴隷である事を頑張ってるようにしか見えないんだなぁ
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103.
- 2022年04月27日 18:22
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>>83
とても頑張ってたのは分かるけどせめて優先順位をつけるべきだったな。
というか、癌病の妻にストレスは大敵なのに何故馬鹿父と離さなかったのかね?
妻の看病もしっかりやってた人なのに何故そこは見ないふりをしたんだろう?
忙しすぎるとどんどん判断力も低下していくけどね。
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104.
- 2022年04月27日 18:28
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>>20
アル中自己中な父親と共依存なスレ主、癌闘病中の妻と息子持ちだが我儘な父親に振り回されっぱなし。
本人いわく仕事も看病も精一杯頑張りました!でも妻はなくなり子供も精神ヤラれてそう。
あ、ちょっとオーバーしちゃった
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105.
- 2022年04月27日 19:56
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>>46
そりゃ読めばわかるが
明らかにジジイがストレス源なんで、アル中ジジイを見捨ててりゃ家族みんなで苦労は半減だったのにって言ってるんだよ
この人は頑張り屋だが、しなくていい苦労はしなくていい。
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106.
- 2022年05月25日 16:37
- 施設に入れろってあるが間違いなく施設でやらかして追い出されるだろうな、このオヤジは
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107.
- 2022年11月20日 15:37
- 父との共依存で妻も子供も壊しちゃったね
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108.
- 2022年12月16日 21:31
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父には自分が居なきゃ!って
イネイブリングを加速させているよね
奥さんと息子さんがただただ可哀想
文章もクドクドと長いし、
大変な親に振り回されるワタシに酔っているようにしか見えんかった
辛辣やけど
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おまえだろ。
さっさとじじいと別居してりゃ、妻はいきてた。