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411: 名も無き国民の声 04/08/13 07:18 ID:???

日本だと1941年4月に6大都市で米の配給制が始まっている。

412: 名も無き国民の声 04/08/13 11:03 ID:???

アメリカでもガソリンと砂糖は配給していたし。

あと日本が南方を抑えたせいで生ゴムが深刻な不足になったとか。
413: 名も無き国民の声 04/08/13 11:58 ID:???

とても貧乏なドイツという国へ
潜水艦の限られたスペースを最大限に使い
決死とも言える輸送作戦を敢行し
生ゴム、レアメタル等を届けてあげましたが
とてもとても貧乏なドイツさんはなにやら絵が書き込んである紙切れを
替わりにくれただけでした

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416: 名も無き国民の声 04/08/13 12:31 ID:???

>>413

その紙切れがあったこそ、
あの当時数少ないジェットエンジンが作れた国になったのでは。
もっとも、戦後の航空宇宙関連技術に関しては、
もっと貧乏な国よりお寒い限りだが・・・・

432: 名も無き国民の声 04/08/13 17:09 ID:???

>>416

ジェットエンジンは
ドイツからの技術で作った・・というのは正確では無い。
実際のとこ、既にジェットエンジンはあった。
ドイツからの図面を元に全面的な見直しが図られたので
あんだけ時間がかかったが、それが無ければ
それまでのジェットエンジンの試験を続けて
もっと早くマトモに動くエンジンを完成させられたかもしれない
と言う技術者もいたりする。

435: 名も無き国民の声 04/08/13 17:22 ID:???

>>432

そうそう。ありはした。
ただ、ドイツ製の方が信頼性が高い(実用だし)ので
その設計の一部を流用した、そうです。

いや、たった数枚の断面図だけで
ジェットエンジンを作れれば、そりゃ、もう
技術的に無敵でしょ。ある意味。

438: 名も無き国民の声 04/08/13 17:38 ID:???

>>435

優秀な科学者や技術者は確かにいた。
ただ社会の方がお粗末だった。
八木氏とか、・・・・

437: 名も無き国民の声 04/08/13 17:31 ID:???

>>432

試験用で地上運転しかできないジェットエンジンはあったけど、
機体に搭載し実用的に運用可能なジェットエンジンが
開発できたのはドイツから技術があったからだと思う。

日本独力では航空機に搭載して
推力として使用できるレベルには到達できなかったのでは?
少なくとも昭和20年8月の時点では

>もっと早くマトモに動くエンジンを
完成させられたかもしれないと言う技術者
これっていったい誰? 
いや、煽りでもなんでもなく知りたいんです。

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445: 名も無き国民の声 04/08/13 22:26 ID:???

>>437

撃沈された伊29を直前に下艦した
巌谷中佐が本土に帰還した頃、
最も期待が持たれていたのは
補助加速用の遠心式ターボジェット・エンジンのネ4。
これは地上運転での成績も良く、
実用にもっとも近いジェットエンジンとして期待がこめられていたが、
ドイツよりの資料到着による試作中止・整理命令により最終的に
ネ20に至るドイツ型に力を注ぐために中止された。

「この中断が無ければ、
昭和19年8~9月頃にはネ4による日本最初の
ターボジェット推進飛行を実施しえたものをと、
いまもって痛恨にたえない」
(日本ガス・タービン学会誌・昭和五十二年六月号
「旧陸軍試作の補助ジェットエンジンの全貌」その2)

と述べたのは川崎飛行機の林貞助技師です。
(ちなみに昭和19年8月とはドイツから資料が届いた翌月の事)

既に昭和18年12月に
基礎技術確認用ラムジェット「ネ0」が
99式双軽の胴体下に装着されて数度の試験飛行を行って
データの取得や問題点の洗い出しなどを行って良好な結果を得ており
(何しろ99双軽で曲技飛行が可能になった)、おそらくはこのままネ0から
ネ4に換装されて前述の時期に試験飛行が開始されたと思われる。  

446: 名も無き国民の声 04/08/13 22:30 ID:???

なお、前記事項については
碇 義朗.著「幻の戦闘機」(光人社NF文庫)より一部引用致しました。

447: 名も無き国民の声 04/08/13 22:46 ID:???

余談ですが、川崎航空機が軸流圧縮器や
タービンの製作を親会社の神戸川崎造船所に依頼したところ、
「海軍専管工場だから陸軍用部品の受注はまかりならん!」という
海軍の監督官の一言により、やむなく(受注競争で川崎に敗れた)
石川島芝浦タービンに発注せざるを得なくなったとの事
(ネ0~ネ4は陸軍が川崎に発注したジェットエンジン)。
こうした事も製作が進まなかった原因の一つでしょう。

ちなみにネ4は補助ジェットエンジンではありましたが、
補助ではなく主動力として開発されていた海軍のTR10
(後に陸海共同となってからはネ10)とほぼ同じ目標性能
(目標スラスト値300kg内外)を有しており、ネ20(最大475kg)に比べると
やや低い値ではあるものの、決して
見劣りするものでは無かったと思われます。

むしろ、「何しろドイツのだからスゴイのだ!」
(実際そうなんですが)という勢いで一斉にそれまでの蓄積を捨てて
ドイツ式に走った事での時間的ロスを考えると、実績を積むという意味では
もっとも近い場所にいたのが川崎のネ4だったと言えるでしょう。

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480: 名も無き国民の声 04/08/14 16:50 ID:???

>>445
-447

サンクスヽ(゚∀゚)ノ

448: 名も無き国民の声 04/08/13 22:53 ID:???

光人社はソースにならん。

450: 名も無き国民の声 04/08/14 01:54 ID:???

>>448

光人社で文庫になる前の大元は
「第二次大戦ブックス81」(サンケイ出版・昭和55年)です。

462: 名も無き国民の声 04/08/14 12:53 ID:???

>>448

432氏が書いた内容は、
たしかにガスタービン学会誌の当該号に載っています
(図書館で捜すときには6月号と指定すると
「ありません」と言われてしまうかも。季刊なので)
ただし碇氏も432氏も書いていませんが、
ネ4には補機が一切なく、またラム効果を前提としていたので
地上運転では定格に達していません。

483: 名も無き国民の声 04/08/14 20:16 ID:???

>>462

補足感謝いたします。自分の知識では追いつかない部分でしたね。
独力動作を行わない前提でいるあたりが補助動力たるゆえんでしょうか・・
キー100Ⅱの中間冷却器無し排気タービンと同様に、
アレコレつけない簡素化した状態だと
わりとうまく動く物を作っていたような印象がありますね。

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引用元:★信じられないが、本当だPart15