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【名無しの鬼女】 さんありがとうございます!

[投稿日時] 2017年06月09日 20:41
■体験談

私の兄は幼い頃に大病を患い、近い将来臓器移植が必要になると言われたそうだ。だから両親は私を作った。兄のドナーにする為に。

その為私への健康管理は凄まじかった。とにかく私は健康体でいなければならない。怪我も防がなければならない。お蔭で私は食事や遊びに物凄く制限を受けた。甘いもの禁止(給食で出るデザート類も残せと言われた。買い食いも禁止で、そのお蔭でお小遣いを貰えなかった)危険な遊び禁止(自転車は事故の元と言って絶対買ってくれなかったし、公園で遊ぶにしてもジャングルジムとか滑り台とかは禁止)とにかく「あれダメ!これダメ!」の嵐。風邪なんて引けば、看病は勿論してくれるけど治るまでずっと罵倒された。実に窮屈で不自由な生活だった。





私は兄のドナー要員だなんて知らなかったから、両親の過干渉を「兄が大病人だから自然私には厳しくなるんだ」と納得していた。大いに不服だけど疑問には思わなかった。

そして私が中2の時、遂にXデーが来た。兄の腎臓は2つとも限界に近くてもう移植しか生きる道が無くなった。当然両親は医者に私を差し出す。
私が未成年と言う事で、医者は難色を示したそうだが親がごねて(私はその時の現場にいなかったからそれらのやり取りは正確には知らない)最終手段として、一応私が兄の体に適合してるかどうか検査をする事になったらしい。私は親に言いくるめられて検査を受けた。

その結果は「不適合」 実の兄妹でも必ずしも100%ではないらしい。
両親はその結果に愕然。父は私を母の浮気による子と決めつけたらしく母を「浮気しやがって!」と相当責めたらしい。そして両親は離婚(どう言う取り決めになったのかは知らない)母は出て行き、兄は父に引き取られ、私は不良品として遠い親戚に押し付けられた。

幸い私を引き取ってくれた養父母は心優しい人で、私はようやく幸せな家庭生活を送れるようになった。
兄はドナーが見つかって移植を受け助かったが、数年後別の臓器が機能不全になったそうで、その時はドナーが見つからず遂に亡くなった。

兄の葬式には行かなかった。養父母の判断(私が行けば絶対父達に絡まれて揉めるだろうと考えた)だったけど、私自身が兄には何も感情が無かったから行こうとも思わなかった。
入院してるか部屋に籠りっきりの兄とは一度も一緒に遊んだことが無いし食事も別で(兄は厳しい食事制限があったから自分の部屋で食べてた)会話も碌に無かった(唯一覚えているのは、兄「ママ呼んで来て…」私「うん分かった」のみ)そんな希薄な関係だったから、申し訳ないが兄には何の感情も湧かない。悲しみも憎しみも一切ない。

それから十数年、実親とは全く接触も無く私は結婚して平凡ながらも幸せな生活を送っていたが、この前実父が養父母宅に凸があったそうだ。
私に自分の老後の面倒見て貰いたいらしい。「養子に出したとはいえ、十数年はオレが育てた。その恩を今から返せ」だって。バカじゃねえのか?
当然養父母に言葉でフルボッコにされてゴミ撒かれて実父は退散した。

私が不適合者と判った時に実親が吐いたセリフ「役立たずをずっと養っていたなんて…なんて無駄をしていたんだ我々は!」
…一生忘れない。健康体第一で勉強は二の次だったアホな私でも「私は娘としてではなく、兄を生かす為の道具として飼育されてた」事を悟ったよ。

「要らねえ」と捨てた不良品にすがってくるなよ糞ジジイ。実母はどうもとうに亡くなってるらしいから後を追え。でもよそ様には絶対迷惑掛けるな。樹海にでも行け。


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